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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

敷香神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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敷香神社・背面から
敷香神社
敷香神社拝殿
敷香神社拝殿

敷香神社(しすか・じんじゃ)は、樺太庁敷香支庁敷香郡敷香町宮通にあった伊勢信仰の神社。祭神は天照皇大神県社北海道・樺太の神社。廃絶。

1910年(明治43年)8月23日、敷香の住民が神社創建を決定。1911年(明治44年)7月29日、竣工。30日、鎮座祭を行い、伊勢神宮から下付された特別祈願のもの(神札?)を御霊代とした。1921年(大正10年)8月1日、神社創立許可。

1940年(昭和15年)12月28日、県社列格(『樺太要覧 昭和17年』)。『神道史大辞典』に記載の列格年は創建年を誤ったものか。1945年(昭和20年)8月以降に樺太神社に奉遷(「樺太日記」)。9月3日、御霊代が樺太神社などの御霊代と共に樺太護国神社境内で焼納されたと思われる(『樺太の神社』)。

(『樺太の神社』)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%95%B7%E9%A6%99%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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