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立江寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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'''立江寺'''(たつえじ)は、徳島県小松島市立江町(阿波国那賀郡)にある[[地蔵信仰]]の[[真言宗]]寺院。[[四国八十八所霊場]]第19番札所。本尊は[[延命地蔵菩薩]]。[[高野山真言宗]]。地蔵寺とも。(参考:同名寺院[[立江寺]])
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'''立江寺'''(たつえじ)は、徳島県小松島市立江町(阿波国那賀郡)にある[[地蔵信仰]]の[[真言宗]]寺院。[[四国八十八所霊場]]第19番札所。本尊は[[延命地蔵菩薩]]。[[高野山真言宗]]。'''摩尼院'''。'''地蔵寺'''とも。山号は橋池山。
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山号は橋池山。
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==歴史==
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747年[[行基]]の創建。清水谷という場所にあった。
747年[[行基]]の創建。清水谷という場所にあった。
[[光明皇后]]の安産祈願として地蔵菩薩の小像を祀った。
[[光明皇后]]の安産祈願として地蔵菩薩の小像を祀った。

2021年6月30日 (水) 時点における版

立江寺(たつえじ)は、徳島県小松島市立江町(阿波国那賀郡)にある地蔵信仰真言宗寺院。四国八十八所霊場第19番札所。本尊は延命地蔵菩薩高野山真言宗摩尼院地蔵寺とも。山号は橋池山。

歴史

747年行基の創建。清水谷という場所にあった。 光明皇后の安産祈願として地蔵菩薩の小像を祀った。 その後、815年、空海が訪れ、本尊仏を彫ってその中に行基造立の仏像を納めたという。 天正年間、長宗我部氏の兵火で焼失。蜂須賀氏が現在地に移して再建。尊海を中興開山とした。 1601年、神応寺の末寺となった。 1738年、徳島藩主が参拝した。 清水谷の旧地は奥之院となっている。 昭和49年10月28日、本堂など焼失。 昭和52年12月再建。本堂、大師堂、護摩堂、多宝塔、仁王門などがある。 (『日本歴史地名大系』、寺院ウェブサイト)

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