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花園妙見寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2018年10月26日 (金) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
三鈷山吉祥院妙見寺 さんこさん きっしょういん みょうけんじ | |
概要 | 東日本における妙見信仰の発祥地となった寺院。 |
奉斎 | 釈迦如来 |
所在地 | 群馬県高崎市引間町213 |
所在地(旧国郡) | 上野国群馬郡 |
所属(現在) | 天台宗 |
格式など | |
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目次 |
概要
東日本における妙見信仰の発祥地となった寺院。天台宗。「三鈷山吉祥院妙見寺」と称す。本尊は釈迦如来である。古くは「七星山息災寺」と称した。その起源は不詳であるが、714年(和銅7年)以前の創建とされる。
『続日本紀』の777年(宝亀8年)8月条によると、河内妙見寺に上野国群馬郡、美作国勝田郡よりそれぞれ50戸の封戸を施入したとあり、当寺の創建と関わる記事と考えられている。おそらくは河内妙見寺から勧請して当寺が成立したものであろう。「花園星神記」によると、714年(和銅7年)、近隣の池で不思議な亀が発見されて、朝廷に献上したところ、これを瑞祥として霊亀と改元したという。
「君島系図」などによると平将門の乱のとき、染谷川の合戦において、平将門と平良文は平国香と戦ったが圧倒的戦力差を前に苦戦していたところ、当寺の妙見菩薩(羊妙見菩薩という)が出現し、勝利を得たという。これが坂東八平氏が妙見信仰を奉じる起源とされる。関東平氏によって関東東北中部地方の各地に勧請されて東日本における妙見信仰の発祥地となった。秩父妙見、千葉妙見はその代表である。
また中世の『上野国神名帳』には「従三位息災寺小祝明神」の名が見え、当寺の鎮守であると思われるが不詳である。現在、本堂と妙見堂がある。
画像
参考文献
- 境内由緒書
- 大日本地名辞書