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願得寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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願得寺(がんとくじ)は、加賀国石川郡鶴来にあった浄土真宗寺院。加賀一向一揆の拠点寺院の一つで、石川郡を管轄した。現在の後身の一つとされる鶴来別院の近くに跡地がある。清沢坊清沢願得寺

永正5年(1508)ごろ、蓮如七男の蓮悟が創建。同じく十男の実悟が養子となって入寺し、発展した。当初は地名から清沢坊と称した。願得寺の寺号は永正18年(1511)に認められたと考えられている。小一揆の中核的寺院として活躍したが、そのため、大小一揆の戦乱で享禄4年(1531)7月23日、本願寺軍に焼き討ちされ焼失した。

跡地には「清澤願得寺實悟僧都舊蹟」の石碑がある。実悟はのち河内に逃れ、古橋御坊を譲り受け、願得寺と称したという。また鶴来では道場が再建され、のち鶴来別院となった。

参考文献

  • 木場明志監修、2012『別院探訪』真宗大谷派宗務所出版部
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%A1%98%E5%BE%97%E5%AF%BA」より作成

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