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上田大神宮
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年9月26日 (木)
上田大神宮は長野県上田市中央北にある伊勢信仰の神社。神宮教の教会に由来する。
目次 |
歴史
- 1882年(明治15年)5月:のちに境内社となる三峰神社創建(現地由緒書)
- 1883年(明治16年)8月:神風講社結成願を提出[1]
- 1884年(明治17年):この時点で、上田神宮出張所と松本神宮説教所があった[2]。
- 1886年(明治19年)4月17日:第19教区上田本部設置奉告祭を執行[3]。現在地8000坪余りが寄進され起工(現地由緒書)。「上田本部教会所」とも。
- 1887年(明治20年)3月15日:神宮大麻頒布について上水内郡の担当者が約定を提出[4]。
- 1889年(明治22年)12月:翌年のおかげ年を前に「伊勢神宮大参宮会」設立を図る[5]。
- 1891年(明治24年)4月:鎮座。伊勢神宮大宮司が臨席した。(現地由緒書)
- 1891年(明治24年)8月:手水鉢奉納(銘文)
- 1893年(明治26年):芭蕉句碑建立(現地由緒書)
- 1895年(明治28年)10月:松本に分教会を設置[6]。
- 1899年(明治32年):神宮教が解散して神宮奉斎会となる。神宮奉斎会上田本部となり長野県全域を管轄することとなる[7]。
- 1900年(明治33年)3月:拝殿起工[8]
- 1900年(明治33年)9月:神宮神部署設置。
- 1912年(大正1年):神宮大麻の頒布は、神宮奉斎会ではなく、神宮神部署が行うこととなる。長野県でも神宮神部署長野支署の担当となる[9]。
- 大正中期:兵庫県の西宮神社を勧請して上田恵比寿神社を創建。(現地由緒書)
- 1924年(大正13年):この時点で「上田大神宮」と呼ばれていた。神宮神部署長野支署も置かれていた[10]。
- 1932年(昭和7年)6月:芭蕉句碑を現在地に移設(現地由緒書)
- 1933年(昭和8年)2月3日:満洲事変戦勝祈願祭。祝詞[11]。
- 1933年(昭和8年):上田小県地方の神宮大麻頒布始祭を上田本部で初めて実施か[12]。翌年から小県郡は生島足島神社で行う。
- 1945年(昭和20年)11月1日:上田本部から長野地方本部に改称[13]。
- 戦後:上田大神宮に改称[14]。神宮奉斎会の神社本庁合併にともない、神社本庁の所属の神社・宗教法人となる。
- 2020年(令和2年)12月:芭蕉句碑を修復。(現地由緒書)
組織
- 山本泰顕:1890年(明治23年)時点で上田本部本部長心得[15]。
- 池田一次郎:1893年(明治26年)時点で副長心得[16]
- 神田息胤:東京本部長、宇都宮本部長を兼ねる。
- 当山春三:宮城本部長。1933年(昭和8年)6月19日から11月28日まで上田本部長を兼ねる[17]。1935年(昭和10年)5月23日、上田本部顧問[18]。
- 氷室昭長:1933年(昭和8年)11月28日、上田本部長。
- 清住昌広:上田本部幹事を経て1936年(昭和11年)5月23日、上田本部長事務取扱[19]。
- 『光華叢誌』を毎月発行していたという[20]。
画像
参考文献