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添上・円照寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月24日 (月)

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円照寺門跡001.jpg
(国土地理院空中写真より)

円照寺(えんしょうじ)は、奈良県奈良市(大和国添上郡)にある臨済宗尼門跡寺院。本尊は如意輪観音中山みき旧跡臨済宗妙心寺派大和三門跡の一つ。山村御所八島御所八嶋御所)。山号は普門山。(参考:同名寺院円照寺

目次

歴史

後水尾天皇第一皇女の梅宮は鷹司教平に嫁したが3年で離別。梅宮は臨済宗の一糸文守(永源寺91世中興)に帰依し出家。大通文智と名乗った。1641年。修学院村に円照寺を建てた。 1655年3月13日、岩倉に向かう途中の後水尾上皇が円照寺に御幸。この時、上皇は修学院村を離宮の適地と見定め、修学院離宮を造営し、1659年にはほぼ完成した。 一方、大通文智は仏道修行に専念するため、1656年、南都近郊の大和国添上郡八島村に円照寺を移転。さらに1669年(寛文9年)に山村に移転した。近くの山村廃寺の出土品を所蔵。(日本歴史地名大系)

伽藍

(国土地理院空中写真より)

詳細不詳

  • 本堂:円通殿。八島時代のものを移築したという。
  • 阿弥陀堂
  • 客殿
  • 円照寺宮墓地:皇室治定。皇族以外の住職墓地もある。

組織

住職

  • 1955「円照寺法嗣略年表」[1](10世山本静山まで)をベースとした。『比丘尼御所諡号考』(大機文乗女王まで)。1981『帯解町郷土誌』「円照寺」[2]
  • 円照寺宮墓地に葬られた。
  • 大聖寺門跡光照院門跡と関係が深い。
世数 生没年 在職年 略歴
1 大通文智女王 1619-1697 1641-1697 後水尾天皇第一皇女で第一子。母は四辻与津子。1619年(元和5年)生。幼名は梅宮。徳川家出身の東福門院の後水尾天皇入内で追いやられるが、のちに東福門院とは親交を結んだ。13歳でいとこの鷹司教平と結婚。しかし病気で3年で御所に戻った。1640年(寛永17年)、22歳で得度。一糸文守に師事した。1641年(寛永18年)秋、修学院村の円照寺に入った。1646年(正保3年)に師が死去した後は真言宗の光影と雲松に師事し、受戒もしている。1656年(明暦2年)、仏道修行に専念するため南都に移った。叔父の一乗院宮尊覚親王の周旋で八島の地をあてがわれ、円照寺を移転。東福門院の要請で将軍徳川家綱は1668年(寛文8年)、200石を寄進した。東福門院も100石と伽藍造営料を寄進した。近くに兄弟弟子の知明浄因の寺があったことも一因となった。1669年(寛文9年)、さらに寺地を山村に移して伽藍が完成した新しい円照寺に入る。多くの尼僧が集まり、厳しく指導したという。1697年(元禄10年)1月18日死去、79歳。墓所は円照寺宮墓地。信仰や言行を物語る文書や美術が円照寺に多く伝わる(『尼門跡と尼僧の美術』)。深如海院宮。深如海院大通大師。
(大観文察女王(瑞慶尊賀女王)) 1654-1683 早逝 光照院門跡。後水尾天皇皇女。1654年(承応3年)生。幼名は睦宮。1673年(延宝元年)4月22日、大通文智の附弟となる。1683年(天和3年)6月1日、継承前に死去、30歳。墓所は円照寺宮墓地。光照院宮墓地にも塔がある。脱山真誉。瑞慶尊賀。宝池光院宮。大観大師文察尼公。
(雲山尊玉) 1672-1677 早逝 後西天皇皇女。幼名は満宮。1673年(延宝元年)2月5日、大通文智の附弟となる。同年4月22日(延宝元年)、大観文察(瑞慶尊賀)の附弟となる。1677年(延宝5年)9月7日死去、4歳。墓所は京都知恩寺墓地。放光院宮。放光院雲山尊玉上座。
2 大歓文喜女王 1693-1702 1702-1702 霊元天皇皇女。1693年(元禄6年)生。幼名は藤宮。1702年(元禄15年)1月、円照寺住職。1702年(元禄15年)10月23日、大覚寺宮御里坊で死去、10歳。棺での初の入寺となった。墓所は円照寺宮墓地。菩提心院宮。菩提心院大歓尼大禅師。
明山瑞光女王 1674-1706 1703-1706 慈受院門跡7世。後西天皇皇女。1674年(延宝2年)生。1703年(元禄16年)11月19日、円照寺住職を兼務。1706年(宝永3年)9月10日死去。墓所は大徳寺龍光院有栖川宮墓地円照寺宮墓地(塔)、相国寺長得院墓地(治定外、爪髪塔)。慈受院宮大円宗悟尼大禅師。前住通玄慈受院宮大円大禅師。兼務だったので歴代には数えていないようだ。(『比丘尼御所諡号考』になし)
3 大寂文応女王
(大寂永応女王)
1702-1754 1706-1754 大聖寺門跡22世。霊元天皇皇女。母は藤式部局。1702年(元禄15年)生。幼名は乙宮。1706年(宝永3年)12月21日円照寺に入る。1709年(宝永6年)、8歳で円照寺に入寺とも。1710年(宝永7年)得度して大寂文応と名乗り、円照寺門跡3世となる。1724年9月15日参内。1725年(享保10年)、大聖寺門跡に移り、円照寺も兼務。この時、大聖寺の慣例に従い、前住職の名前の一字を取り、大寂永応と改名。同年、紫衣を賜る。1746年(延享3年)、円照寺で開山大通文智女王の50年忌を営む。この時、阿弥陀堂を建立。1754年(宝暦4年)5月22日死去。53歳。墓所は円照寺宮墓地、大聖寺宮墓地(塔)。清浄心院宮。清浄心院大寂尼大禅師。大通文智女王に関する記録をまとめた。書家や歌人としも活躍した。(『比丘尼御所諡号考』になし)(『尼門跡と尼僧の美術』)
4 大徹文亨女王 1746-1770 1755-1770 有栖川宮職仁親王王女。桜町天皇猶子。1746年(延享3年)7月12日生。幼名は嵩宮。寛延3年10月18日附弟となる。11月28日入寺。1755年(宝暦5年)11月、10歳で円照寺住職。1756年9月30日得度。1770年(明和7年)7月4日死去、25歳。墓所は円照寺宮墓地。歓喜心院宮。歓喜心院大徹尼大禅師。
天厳永皎女王 1732-1808 1770-1797 大聖寺門跡23世。中御門天皇皇女。1740年(元文5年)、大聖寺入寺。1742年(寛保2年)得度して大聖寺住職。1770年(明和7年)から1797年(寛政9年)まで円照寺住職を兼務。墓所は大聖寺宮墓地、円照寺宮墓地(塔)。大聖寺門跡が本務だったので歴代には数えていないようだ。勝妙楽院宮天岩尼大禅師。(略歴は大聖寺#組織を参照)
5 大機文乗女王 1787-1846 1797-1846 有栖川宮織仁親王王女。光格天皇猶子。1787年(天明7年)1月16日生。幼名は淑宮。当初は中宮寺門跡に入る予定だったが、大聖寺宮天厳永皎女王の附弟となり、1797年(寛政9年)11月、11歳で円照寺住職。寛政13年得度。大機文成と名乗る。1846年(弘化3年)6月22日(5月21日とも)死去、60歳。墓所は円照寺宮墓地。常応心院宮。常応心院大機尼大禅師。(有栖川宮総記[3]
6 大知文秀女王 1844-1926 1847-1873 伏見宮邦家親王王女。孝明天皇養女。1844年(弘化1年)生。福喜宮。1847年(弘化4年)6月23日、4歳で入寺。1851年得度。1873年(明治6年)7月31日、伏見宮家復籍のため引退。1874年11月19日、円照寺に戻り、明治13年、再び仏門に入るが住職には就かなかった。1926年(昭和1年)2月14日死去。墓所は円照寺宮墓地、円照寺歴代墓地(御遺髪塔)。最勝心院大知尼大禅師。文秀公主。
7 禅庭宜絢 1810-1888 1873-1885 奈良県櫟本村の菊田休甫の娘。文政2年11月、10歳で奉職。文政3年5月21日得度。文秀女王の伏見宮復籍にあたり一老の禅庭宜絢が嗣ぐことになり1873年(明治6年)7月、円照寺住職。1885年(明治18年)11月引退。明治21年死去、79歳[4]。墓所は円照寺歴代墓地。曹渓院禅庭尼大禅師。
8 仙峰寿泉 1854-1935 1885-1891 宮裡仙峰。俗姓は木村。1854年生。1870年7月、13歳で奉職。1885年(明治18年)11月から1891年(明治24年)7月まで円照寺住職。昭和10年1月10日死去、82歳[5]。墓所は円照寺歴代墓地。浄光院仙峰尼大禅師。宮内仙峰は誤字か。
9 文孝秀山 1873-1939 1891-1939 近衛秀山。子爵清岡長延の娘。幼名は染子。公爵近衛忠熙養女。1873年生。1890年2月28日得度。1891年(明治24年)7月30日、円照寺住職。1939年(昭和14年)7月17日(21日とも)死去、67歳。墓所は円照寺歴代墓地。広厳心院秀山尼大禅師。
10 文絲静山 1916-1995 1939- 山本静山。子爵山本実庸の娘。幼名は絲子。大正10年7月、6歳で入寺。大正13年5月11日得度。1939年(昭和14年)8月1日円照寺住職。1995年(平成7年)4月12日死去。墓所は円照寺歴代墓地。大慈心院。
11 村上亮順 生没年不詳 慈悲心院亮順大禅師。墓所は円照寺歴代墓地。村上紀久子か。
12 不詳
13 萩原道秀 2018-
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