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総持寺祖院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年3月15日 (土)
総持寺祖院(そうじじ・そいん)は、石川県輪島市門前町門前にある曹洞宗の本山寺院。本尊は釈迦如来。横浜総持寺の発祥地に別院的な寺院として残されている。明治31年(1901)の火災で多くの伽藍を焼失。明治44年(1911)、総持寺は横浜に移転した。山号は諸嶽山。総持寺関連旧跡も参照。(参考 同名寺院総持寺 (同名))
目次 |
歴史
1911年(明治44年)7月、総持寺別院と称す。 1969年(昭和44年)、総持寺祖院と称す。
伽藍
- 主に佃和雄1972『能登総持寺』[1]による。
| 名称 | エリア | 本尊など | 概要 |
|---|---|---|---|
| 総門跡 | 参道 | ||
| 法身舎利塔 | 参道 | 総門跡にある。1690年(元禄3年)建立。 | |
| 石字経塚 | 参道 | 総門跡にある。1808年(文化5年)建立。石字経王塔 | |
| 元寺小路 | 参道 | 塔頭があった地区。本山に近いほうから東側に芳春院、昌寿寺、正覚寺、代官屋敷、西側に青陽軒、松岩寺、昌泉寺、太清院があった。妙心庵があった。 | |
| 興禅寺 | 参道 | 観音菩薩 | 現存する三塔頭の一つ。 |
| 復興感謝碑 | 参道 | 2007年(平成19年)の地震からの復興の記念碑 | |
| 三松閣 | 門内 | 現在の第一の門。明治の大火を免れた。この近くに三本の龍の形の松の木があったという。三樹松閣とも。 | |
| 水害復興記念碑 | 門内 | 1959年(昭和34年)の能登水害では門前町で26人の死者が出た。 | |
| 稲荷社 | 門内 | 稲荷神 | 稲荷信仰の鎮守社。経蔵の手前にある。白狐石がある。共に元は白山社の前にあった。稲荷堂とも。 |
| 乳貰地蔵 | 門内 | 地蔵菩薩 | 稲荷社の隣にある。父母を早くして失い、他人の乳をもらいながら育った通幻寂霊が建てたという。 |
| 経蔵 | 門内 | 傅大士 | 1743年(寛保3年)2月建立。金沢藩主前田吉徳の寄進。明治の大火を免れた。 |
| 味噌すり地蔵 | 門内 | 地蔵菩薩 | 味噌すり地蔵 |
| 芳春院 | 門内 | 釈迦如来 | 現存する三塔頭の一つ。 |
| 六地蔵 | 門内 | 地蔵菩薩 | 芳春院の東にある。十三仏もある。 |
| 白山蔵 | 門内 | 元は米蔵。一時期、宝物館として使っていた。二執金剛、八神将 | |
| 鐘鼓楼 | 門内 | 鐘楼とも。梵鐘は1912年(大正1年)に鋳造。 | |
| 白山社 | 門内 | 白山神 | 白山信仰の鎮守社。諸嶽寺時代からの鎮守という。白山殿とも。僧堂の裏にひっそりとある。白山社に伝わる古札には「伊勢天照皇大神宮、八幡大菩薩、春日大明神、白山妙理大権現、熊野三所大権現、石動五社大権現、加茂上下大明神、諏訪上下大明神、住吉大明神、日吉山王、祇園牛頭天王、北野天神宮、気多大菩薩、松尾大明神、平野大明神、稲荷大明神、鉄川大明神、総日本国内大小神社」とある。 |
| 山門 | 回廊内 | 放光菩薩・十六羅漢・五百羅漢 | 1932年(昭和7年)9月建立。楼上に放光菩薩(観音菩薩と地蔵菩薩)と四天王・十六羅漢・五百羅漢を祀る。像はいずれも明治大火以前のものとみられる。ただし五百羅漢は68体のみが残る。 |
| 仏殿 | 回廊内 | 釈迦如来・大権修理菩薩・達磨 | 本尊は釈迦如来。脇侍は迦葉と阿難。大権修理菩薩と達磨を祀る。1912年(大正1年)7月再建。客殿を兼ねた相見の間がある。本尊の釈迦如来像は総穏寺本堂(横浜総持寺放光堂として移築)に奉安されていたものを遷した[2]。 |
| 大祖堂 | 回廊内 | 瑩山紹瑾・道元・峨山韶碩・五院開基・三宝大荒神・定賢 | 法堂と開山堂を兼ねる。1910年(明治43年)9月13日再建。正面壇には瑩山紹瑾の他、道元、峨山韶碩、五院開基を祀る。また左殿には三宝大荒神と定賢の位牌を祀る(三宝大荒神殿?)。左殿には阿弥陀如来も祀るとも[3]。 |
| 僧堂 | 回廊内 | 准胝観音 | 1930年(昭和5年)再建。僧侶の修行する道場。坐禅堂とも。 |
| 白山井戸 | 回廊内 | 2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。 | |
| 放生池 | 回廊内 | 心字池。瑩山紹瑾の忌日法要の最終日に当たる9月15日に放生会を行う。傍らに観音像を祀る。 | |
| 紫雲台 | 紫雲台周辺 | 仏殿の裏側に接続。住職の居所。輪番制の時は75日ずつ五院の住職が交代で入り、「現方丈」と呼ばれた。1973年(昭和48年)再建。相見の間である跳龍室と大広間を備える。 | |
| 蓮池 | 紫雲台周辺 | 紫雲台の庭に設けられた池。 | |
| 荒神井 | 紫雲台周辺 | 蓮池のほとりにある水屋で、三宝荒神が出現した地という。荒神池とも。 | |
| 茶室 | 紫雲台周辺 | ||
| 香積台 | 香積台周辺 | 韋駄天 | 総持寺祖院の庫院(庫裏)。韋駄天を祀る。韋駄天は金兜、武〓を従える。1952年(昭和27年)4月建立。総受付、大調理場、配膳部、浴場、東司、各役寮がある。2階には五院の名を付けた広間5室がある。 |
| 待鳳館 | 香積台周辺 | 仏殿の裏側に接続。貴賓館。 | |
| 知足寮 | 香積台周辺 | ||
| 監院寮 | 香積台周辺 | ||
| 西堂寮 | 香積台周辺 | 2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。 | |
| 摘星観 | 香積台周辺 | 2012年(平成24年)再建。 | |
| 浴室 | 香積台周辺 | 跋陀婆羅 | 香積台と川を挟んで接続。鶴山にある。 |
| 放光堂 | 首山 | 放光菩薩・十王など | 檀信徒の遺骨を納める納骨堂。本尊は放光菩薩(地蔵菩薩のみ)。他に十王、奪衣婆、倶生神、地蔵菩薩を祀る。1910年(明治43年)9月13日再建。十王などの像は明治大火前の十王堂に祀られていたもの。 |
| 伝灯院 | 首山 | 瑩山紹瑾 | 瑩山紹瑾の墓廟。1693年(元禄6年)の再建。明治の大火を免れた。 |
| 妙王堂 | 首山 | 烏蒭沙摩明王 | 烏蒭沙摩明王を祀る堂。除穢殿ともいう。 |
| 慈雲閣 | 首山 | 観音菩薩 | 観音堂。総持寺祖院最古の建築。総持寺の発祥地とされる。行基が創建した諸嶽寺の後身という。明治の大火を免れた。観音菩薩像は乾漆像 |
| 不動堂 | 首山 | 不動明王 | 不動明王を祀る。首山にある。不動の滝がある。 |
| 龍王池 | 首山 | 首山にある。不動堂の裏にある。三宝龍王池とも。雨乞いをしたという。不動の滝に流れている。 | |
| 如来堂 | 首山 | 如来志希 | 「如来志希女」と呼ばれた平野しげ(1886-1928)という尼僧を偲んで建てた堂。平野しげは岐阜県高山市出身で、出家して山崎心英尼と知り合い、総持寺祖院に滞在。当時の監院真鍋魯宥に帰依して各地で説法。如来講を組織。浄財は全て山門建立のために寄進した。首山にある。六角堂とも。 |
| 三十三観音 | 首山 | 観音菩薩 | 首山にある。西国三十三観音霊場の写し霊場。山崎心英尼が築いた。 |
| 総持寺歴代住職墓地 | 亀山 | 峨山韶碩ほか | 亀山にある。峨山韶碩の墓を中心に定賢、五院開基、独住1世から8世までの墓所がある。また五院歴代住職の墓や巨大な前田家家老横山家の供養塔もある。 |
| 櫛比神社 | 亀山 | 大名牟持命・少名彦命 | 亀山にある。総持寺の守護神。十二所権現とも。村社。 |
| 神明宮 | 南部 | 天照大神・豊受大神 | 石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。伊勢信仰の神社。「ぞんべら祭」が行われる。元は高尾山にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[4]。神明社。鬼屋神社。木屋権現。村社。 |
| 秋葉神社 | 南部 | 秋葉大権現 | 石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。秋葉信仰の神社。元は三尺坊という地にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[5]。秋葉社。 |
| 古和秀水 | 南部 | 石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山の奥にある。「こわしゅうど」と読む。瑩山紹瑾も用いた霊水という。 | |
| 高尾山観音堂 | 南部 | 放光菩薩・金毘羅権現 | 石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山にある。放光菩薩(観音と地蔵)と金毘羅権現を祀る。立持寺ともいった。1867年(慶応3年)の建立。平野しげ(如来志希)が住んでいた。 |
| 伊須流岐神社 | 東部 | 金山毘古神・弥都波能売神・久久能智神・加具土命・波邇夜須毘売神 | 石川県輪島市門前町日野尾。五行神とも。村社。 |
| 伊須流岐神社 | 東部 | 金山毘古神・水波能売神・久久能智命・火結神・埴山比咩神 | 石川県輪島市門前町広瀬。五行神とも。村社。 |
| 覚皇院 | 東部 | 大日如来 | 石川県輪島市門前町広瀬。現存する三塔頭の一つ。 |
| 太玉神社 | 東部 | 天太玉命 | 石川県輪島市門前町内保。気屋の大王権現社。大王社。気邪大権現。村社。 |
| 宝泉寺 | 西部 | 不動明王 | 石川県輪島市門前町道下。諸嶽寺を譲った定賢が岩瀬の地(元町)に創建した。鉄川護摩堂。高野山真言宗。 |
| 諸岡比古神社 | 西部 | 天日鷲命・岩城別王・三筒男命・国狭槌命 | 石川県輪島市門前町道下。郷社。鉄川宮、金川宮、鉄川神社。 |
| 三味線地蔵 | 西部 | 地蔵菩薩 | 石川県輪島市門前町清水。羯鼓林にある。羯鼓林は瑩山紹瑾と定賢が初めて出会った場所とされる。 |
| 伊須流岐神社 | 北部 | 天目一箇命 | 石川県輪島市門前町和田。村社。 |
| 坐禅石 | 北部 | 石川県輪島市門前町和田。北の和田山にある。瑩山紹瑾が初めて櫛比荘に入った時、ここに座って伽藍創建の地を見極めたという。両尊坐禅石。 |
塔頭
総持寺関連旧跡を参照。芳春院、興禅寺、覚皇院などが現存。峨山韶碩の母の菩提寺の妙心庵を山崎心英尼が復興。
組織
貫首
総持寺#組織を参照
監院
- 城井一秀()<>:副監院
- 長谷川天穎()<>:監院心得
- 青山物外()<>:副監院
- 稲寸篤恭()<>:監院
- 五十嵐仙嶺()<>:監寺
- 真鍋魯宥()<>:副監寺。のち監寺。明治の大火後の伽藍復興に尽力。
- 青山物外()<>:監寺
- 小野田梅芳()<>:監寺
- 稲垣禅戒()<>:監寺代行
- 鷲見透玄
- 田中良通()<>:監寺
- 孤峰雲巌()<>:監寺
- 室峰梅逸()<>:監院
- 筒井覚明()<>:監院
- 稲垣順応()<>:監院
- 黒杉道印()<>:監院
- 鈴木永一()<>:監院
- 関口道潤()<>:監院
画像
参考文献
- 佃和雄1974『能登総持寺』北国出版社
- 横浜総持寺と祖院の伽藍・仏像の比較:「総持寺の仏像」[6]