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近江・垂加霊社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年2月22日 (土)
垂加霊社(すいか・れいしゃ)は滋賀県彦根市高宮町にある垂加神道開祖山崎闇斎(1618-1682)の霊社。元は多賀大社神主の川瀬家邸にあった。近江・高宮神社内に遷座して現存する。多賀大社関連旧跡。
- 1714年(正徳4年)1月1日:若林強斎、多賀大社参拝。多賀は若林強斎の父母の故郷に近かったといい、垂加神道では「日之少宮の伝」があるなど「日之少宮」として多賀大社に特別な位置付けを与えていた。若林強斎はたびたび多賀大社に参詣し、猿田彦神を祀る山田神社にも何度も参拝していた。高宮で門人への講義も行っていた。
- 1724年(享保9年)3月1日:若林強斎、神主川瀬元憲の私邸内に垂加霊社を創建[1]。
- 1773年(安永2年)4月18日:大火で焼失。
- 1792年(寛政4年)4月22日:小林利安の発起で、垂加霊社を復興[2]。斎主は奥野寧斎。
- 1792年(寛政4年)11月22日:中院見山の寄進で西依成斎筆「垂加霊社」額を掲げる。
- 1805年(文化2年)9月22日:祭典の際に霊璽紛失を発見。
- 1807年(文化4年)2月22日:榊を霊璽として復興。
元憲の転出後、小林利安が高宮神社内に遷座した。
- 谷省吾1970「多賀の垂加霊社」[3]