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追分神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年5月28日 (水)
追分神社は樺太庁豊原支庁豊原市追分にあった西久保豊一郎などを祀る神社。軍川の戦闘で戦士した西久保豊一郎らの遺骸を火葬し、残灰を埋めて墓標を建て、葬儀を行った場所。墓地の西側にある。西久保豊一郎は靖国神社・樺太護国神社・西久保神社・女麗神社に合祀されている。無格社。例祭日は7月12日。北海道・樺太の神社。軍人奉斎神社。
- 1905年(明治38年)7月12日:西久保豊一郎戦死。
- 1907年(明治40年)頃:入植。7月12日に神職を招いて墓前の祭典を行い、守護神として崇めた。後に社殿を建てて豊受大神宮、宇佐八幡、西久保豊一郎を祀った。
- 1915年(大正4年):遺族より遺品の軍帽を寄贈された。
- 1921年(大正10年)9月20日:創立[1]。
(『樺太領有之先駆者西久保少佐』[2])