ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

龍潭寺招魂碑

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月4日 (火)

移動: 案内, 検索

龍潭寺招魂碑は滋賀県彦根市古沢町の臨済宗龍潭寺にある戊辰戦争戦没者の招魂碑。滋賀県護国神社の前身。

祭神

  • 龍潭寺招魂碑に以下の26柱が記載される。ただし名前などは靖国神社忠魂史に拠る。照合はまだ
  • 『靖国神社誌』でも官祭祭神26柱とある[1]
  • 1青木貞兵衛頼実:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。
  • 2高木釟次郎展知:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。展徳
  • 3矢島佐吉義則:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。
  • 4雨宮良之介信義:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。
  • 5塚越鉄太郎定道:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。定通
  • 6浅山外次郎重忠:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。重正
  • 7矢田常右衛門重次:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。
  • 8山口九平義忠:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で戦死。
  • 9林九左衛門正吉:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で負傷し後日死去。
  • 10柳瀬粂右衛門久吉:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で負傷し後日死去。
  • 11岩崎久馬次宗久:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で負傷し後日死去。久馬次郎宗久
  • 12丸山正之亟真信:1868年(明治1年)4月17日、下野小山で負傷し後日死去。貞信
  • 13常盤藤右衛門忠昌:1868年(明治1年)4月19日、宇都宮で戦死。正高
  • 14安藤厚次郎啓述:1868年(明治1年)4月19日、下野国日光小佐越で戦死。
  • 15秋場鋓左衛門義行:1868年(明治1年)5月1日、日光大谷で負傷し死去。
  • 16平居新祗厳:1868年(明治1年)7月16日、棚倉付近の浅川で戦死。
  • 17高橋東八郎重雄:1868年(明治1年)7月16日、棚倉付近の浅川で戦死。
  • 18本田余喜一郎秀正:1868年(明治1年)7月28日、陸奥本宮で戦死。招魂碑には「水田」とある。
  • 19田中外次郎貞次:1868年(明治1年)7月28日、陸奥本宮で戦死。
  • 20小倉健輔安正:1868年(明治1年)9月14日、会津若松で戦死。
  • 21本山兵五郎忠高:1868年(明治1年)9月14日、会津若松で戦死。
  • 22雨川本太郎定次:1868年(明治1年)9月27日、片府田で戦死。
  • 23山口捨次郎忠信:1868年(明治1年)9月27日、片府田で戦死
  • 24西沢弥惣次治忠:1868年(明治1年)9月27日、片府田で戦死。
  • 25宮川増弥増忠:1868年(明治1年)9月27日、片府田で戦死。
  • 26文吉:軍夫。:1868年(明治1年)9月14日、会津若松で戦死。
https://shinden.boo.jp/wiki/%E9%BE%8D%E6%BD%AD%E5%AF%BA%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A2%91」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール