ようこそ『神殿大観』へ。ただいま
試験運用中
です。
総持寺祖院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
総持寺祖院
のソース
移動:
案内
,
検索
以下に示された理由により、このページの編集を行うことができません:
この操作は、
利用者
のグループに属する利用者のみが実行できます。
ページ
名前空間にあるページを編集する権限がありません。
このページのソースを閲覧し、コピーすることができます:
[[ファイル:総持寺祖院-12.jpg|thumb|500px|]] '''総持寺祖院'''(そうじじ・そいん)は、石川県輪島市門前町門前にある[[曹洞宗]]の[[禅宗の本山寺院|本山寺院]]。本尊は釈迦如来。横浜[[総持寺]]の発祥地に[[曹洞宗の別院寺院|別院]]的な寺院として残されている。明治31年(1901)の火災で多くの伽藍を焼失。明治44年(1911)、総持寺は横浜に移転した。山号は諸嶽山。[[総持寺関連旧跡]]も参照。(参考 同名寺院[[総持寺 (同名)]]) == 歴史 == 1911年(明治44年)7月、総持寺別院と称す。 1969年(昭和44年)、総持寺祖院と称す。 == 伽藍 == *主に佃和雄1972『能登総持寺』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12270722]による。 {|class="wikitable" |+ !style="width:10%;"|名称 !style="width:10%;"|エリア !style="width:15%;"|本尊など !style="width:40%;"|概要 |- |総門跡 |参道 | | |- |法身舎利塔 |参道 | |総門跡にある。1690年(元禄3年)建立。 |- |石字経塚 |参道 | |総門跡にある。1808年(文化5年)建立。石字経王塔 |- |元寺小路 |参道 | |塔頭があった地区。本山に近いほうから東側に芳春院、昌寿寺、正覚寺、代官屋敷、西側に青陽軒、松岩寺、昌泉寺、太清院があった。妙心庵があった。 |- |興禅寺 |参道 |[[観音菩薩]] |現存する三塔頭の一つ。 |- |復興感謝碑<br>[[file:総持寺祖院-43.jpg|200px]] |参道 | |2007年(平成19年)の地震からの復興の記念碑 |- |三松閣<br>[[file:総持寺祖院-01.jpg|200px]] |門内 | |現在の第一の門。明治の大火を免れた。この近くに三本の龍の形の松の木があったという。三樹松閣とも。 |- |水害復興記念碑 |門内 | |1959年(昭和34年)の能登水害では門前町で26人の死者が出た。 |- |稲荷社 |門内 |[[稲荷神]] |稲荷信仰の鎮守社。経蔵の手前にある。白狐石がある。共に元は白山社の前にあった。稲荷堂とも。 |- |乳貰地蔵 |門内 |[[地蔵菩薩]] |稲荷社の隣にある。父母を早くして失い、他人の乳をもらいながら育った通幻寂霊が建てたという。 |- |経蔵<br>[[file:総持寺祖院-07.jpg|200px]] |門内 |[[傅大士]] |1743年(寛保3年)2月建立。金沢藩主前田吉徳の寄進。明治の大火を免れた。 |- |味噌すり地蔵 |門内 |地蔵菩薩 |味噌すり地蔵 |- |[[能登・芳春院|芳春院]] |門内 |[[釈迦如来]] |現存する三塔頭の一つ。 |- |六地蔵 |門内 |地蔵菩薩 |芳春院の東にある。十三仏もある。 |- |白山蔵 |門内 | |元は米蔵。一時期、宝物館として使っていた。二執金剛、八神将 |- |鐘鼓楼<br>[[file:総持寺祖院-38.jpg|200px]] |門内 | |鐘楼とも。梵鐘は1912年(大正1年)に鋳造。 |- |白山社<br>[[file:総持寺祖院-39.jpg|200px]] |門内 |[[白山神]] |白山信仰の鎮守社。諸嶽寺時代からの鎮守という。白山殿とも。僧堂の裏にひっそりとある。白山社に伝わる古札には「伊勢天照皇大神宮、八幡大菩薩、春日大明神、白山妙理大権現、熊野三所大権現、石動五社大権現、加茂上下大明神、諏訪上下大明神、住吉大明神、日吉山王、祇園牛頭天王、北野天神宮、気多大菩薩、松尾大明神、平野大明神、稲荷大明神、鉄川大明神、総日本国内大小神社」とある。 |- |山門<br>[[file:総持寺祖院-09.jpg|200px]] |回廊内 |[[放光菩薩]]・[[十六羅漢]]・五百羅漢 |1932年(昭和7年)9月建立。楼上に放光菩薩(観音菩薩と地蔵菩薩)と四天王・十六羅漢・五百羅漢を祀る。像はいずれも明治大火以前のものとみられる。ただし五百羅漢は68体のみが残る。 |- |仏殿<br>[[file:総持寺祖院-16.jpg|200px]] |回廊内 |[[釈迦如来]]・[[大権修理菩薩]]・[[達磨]] |本尊は釈迦如来。脇侍は迦葉と阿難。大権修理菩薩と達磨を祀る。1912年(大正1年)7月再建。客殿を兼ねた相見の間がある。本尊の釈迦如来像は[[総穏寺]]本堂(横浜総持寺放光堂として移築)に奉安されていたものを遷した[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/556]。 |- |大祖堂<br>[[file:総持寺祖院-22.jpg|200px]] |回廊内 |[[瑩山紹瑾]]・[[道元]]・[[峨山韶碩]]・五院開基・[[三宝大荒神]]・定賢 |法堂と開山堂を兼ねる。1910年(明治43年)9月13日再建。正面壇には瑩山紹瑾の他、道元、峨山韶碩、五院開基を祀る。また左殿には三宝大荒神と定賢の位牌を祀る(三宝大荒神殿?)。左殿には阿弥陀如来も祀るとも[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/557]。 |- |僧堂<br>[[file:総持寺祖院-33.jpg|200px]] |回廊内 |[[准胝観音]] |1930年(昭和5年)再建。僧侶の修行する道場。坐禅堂とも。 |- |白山井戸 |回廊内 | |2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。 |- |放生池 |回廊内 | |心字池。瑩山紹瑾の忌日法要の最終日に当たる9月15日に放生会を行う。傍らに観音像を祀る。 |- |紫雲台 |紫雲台周辺 | |仏殿の裏側に接続。住職の居所。輪番制の時は75日ずつ五院の住職が交代で入り、「現方丈」と呼ばれた。1973年(昭和48年)再建。相見の間である跳龍室と大広間を備える。 |- |蓮池 |紫雲台周辺 | |紫雲台の庭に設けられた池。 |- |荒神井 |紫雲台周辺 | |蓮池のほとりにある水屋で、三宝荒神が出現した地という。荒神池とも。 |- |茶室 |紫雲台周辺 | | |- |香積台<br>[[file:総持寺祖院-36.jpg|200px]] |香積台周辺 |[[韋駄天]] |総持寺祖院の庫院(庫裏)。韋駄天を祀る。韋駄天は金兜、武〓を従える。1952年(昭和27年)4月建立。総受付、大調理場、配膳部、浴場、東司、各役寮がある。2階には五院の名を付けた広間5室がある。 |- |待鳳館 |香積台周辺 | |仏殿の裏側に接続。貴賓館。 |- |知足寮 |香積台周辺 | | |- |監院寮 |香積台周辺 | | |- |西堂寮 |香積台周辺 | |2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。 |- |摘星観 |香積台周辺 | |2012年(平成24年)再建。 |- |浴室 |香積台周辺 |[[跋陀婆羅]] |香積台と川を挟んで接続。鶴山にある。 |- |放光堂<br>[[file:総持寺祖院-28.jpg|200px]] |首山 |放光菩薩・[[十王]]など |檀信徒の遺骨を納める納骨堂。本尊は放光菩薩(地蔵菩薩のみ)。他に十王、[[奪衣婆]]、[[倶生神]]、地蔵菩薩を祀る。1910年(明治43年)9月13日再建。十王などの像は明治大火前の十王堂に祀られていたもの。 |- |伝灯院<br>[[file:総持寺祖院-30.jpg|200px]] |首山 |[[瑩山紹瑾]] |瑩山紹瑾の墓廟。1693年(元禄6年)の再建。明治の大火を免れた。 |- |妙王堂 |首山 |[[烏蒭沙摩明王]] |烏蒭沙摩明王を祀る堂。除穢殿ともいう。 |- |慈雲閣 |首山 |観音菩薩 |観音堂。総持寺祖院最古の建築。総持寺の発祥地とされる。行基が創建した[[諸嶽寺]]の後身という。明治の大火を免れた。観音菩薩像は乾漆像 |- |不動堂 |首山 |[[不動明王]] |不動明王を祀る。首山にある。不動の滝がある。 |- |龍王池 |首山 | |首山にある。不動堂の裏にある。三宝龍王池とも。雨乞いをしたという。不動の滝に流れている。 |- |如来堂 |首山 |[[如来志希]] |「如来志希女」と呼ばれた平野しげ(1886-1928)という尼僧を偲んで建てた堂。平野しげは岐阜県高山市出身で、出家して山崎心英尼と知り合い、総持寺祖院に滞在。当時の監院真鍋魯宥に帰依して各地で説法。如来講を組織。浄財は全て山門建立のために寄進した。首山にある。六角堂とも。 |- |三十三観音 |首山 |観音菩薩 |首山にある。西国三十三観音霊場の写し霊場。山崎心英尼が築いた。 |- |[[総持寺歴代住職墓地]]<br>[[file:総持寺祖院墓地-04.jpg|200px]] |亀山 |[[峨山韶碩]]ほか |亀山にある。峨山韶碩の墓を中心に定賢、五院開基、独住1世から8世までの墓所がある。また五院歴代住職の墓や巨大な前田家家老横山家の供養塔もある。 |- |[[櫛比神社]]<br>[[file:櫛比神社-01.jpg|200px]] |亀山 |[[大名牟持命]]・[[少名彦命]] |亀山にある。総持寺の守護神。十二所権現とも。村社。 |- |神明宮 |南部 |[[天照大神]]・[[豊受大神]] |石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。伊勢信仰の神社。「ぞんべら祭」が行われる。元は高尾山にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[https://dl.ndl.go.jp/pid/7885472/1/20]。神明社。鬼屋神社。木屋権現。村社。 |- |秋葉神社 |南部 |[[秋葉大権現]] |石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。秋葉信仰の神社。元は三尺坊という地にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[https://dl.ndl.go.jp/pid/7885472/1/20]。秋葉社。 |- |古和秀水 |南部 | |石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山の奥にある。「こわしゅうど」と読む。瑩山紹瑾も用いた霊水という。 |- |高尾山観音堂 |南部 |放光菩薩・[[金毘羅権現]] |石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山にある。放光菩薩(観音と地蔵)と金毘羅権現を祀る。立持寺ともいった。1867年(慶応3年)の建立。平野しげ([[如来志希]])が住んでいた。 |- |伊須流岐神社 |東部 |[[金山毘古神]]・[[弥都波能売神]]・[[久久能智神]]・[[加具土命]]・[[波邇夜須毘売神]] |石川県輪島市門前町日野尾。五行神とも。村社。 |- |伊須流岐神社 |東部 |金山毘古神・水波能売神・久久能智命・火結神・埴山比咩神 |石川県輪島市門前町広瀬。五行神とも。村社。 |- |覚皇院 |東部 |[[大日如来]] |石川県輪島市門前町広瀬。現存する三塔頭の一つ。 |- |太玉神社 |東部 |[[天太玉命]] |石川県輪島市門前町内保。気屋の大王権現社。大王社。気邪大権現。村社。 |- |宝泉寺 |西部 |不動明王 |石川県輪島市門前町道下。諸嶽寺を譲った定賢が岩瀬の地(元町)に創建した。鉄川護摩堂。[[高野山真言宗]]。 |- |[[輪島・諸岡比古神社|諸岡比古神社]]<br>[[file:輪島諸岡比古神社-02.jpg|200px]] |西部 |[[天日鷲命]]・岩城別王・三筒男命・国狭槌命 |石川県輪島市門前町道下。郷社。鉄川宮、金川宮、鉄川神社。 |- |三味線地蔵 |西部 |地蔵菩薩 |石川県輪島市門前町清水。羯鼓林にある。羯鼓林は瑩山紹瑾と定賢が初めて出会った場所とされる。 |- |伊須流岐神社 |北部 |[[天目一箇命]] |石川県輪島市門前町和田。村社。 |- |坐禅石 |北部 | |石川県輪島市門前町和田。北の和田山にある。瑩山紹瑾が初めて櫛比荘に入った時、ここに座って伽藍創建の地を見極めたという。両尊坐禅石。 |} == 塔頭 == [[総持寺関連旧跡]]を参照。芳春院、興禅寺、覚皇院などが現存。峨山韶碩の母の菩提寺の妙心庵を山崎心英尼が復興。 == 組織 == ===貫首=== [[総持寺#組織]]を参照 ===監院=== *城井一秀()<>:副監院 *長谷川天穎()<>:監院心得 *青山物外()<>:副監院 *稲寸篤恭()<>:監院 *五十嵐仙嶺()<>:監寺 *真鍋魯宥()<>:副監寺。のち監寺。明治の大火後の伽藍復興に尽力。 *青山物外()<>:監寺 *小野田梅芳()<>:監寺 *稲垣禅戒()<>:監寺代行 *鷲見透玄 *田中良通()<>:監寺 *孤峰雲巌()<>:監寺 *室峰梅逸()<>:監院 *筒井覚明()<>:監院 *稲垣順応()<>:監院 *黒杉道印()<>:監院 *鈴木永一()<>:監院 *関口道潤()<>:監院 ==画像== <Gallery widths="300" heights="200" perrow="3"> file:総持寺祖院-01.jpg| file:総持寺祖院-02.jpg| file:総持寺祖院-03.jpg| file:総持寺祖院-04.jpg| file:総持寺祖院-05.jpg| file:総持寺祖院-06.jpg| file:総持寺祖院-07.jpg| file:総持寺祖院-08.jpg| file:総持寺祖院-09.jpg| file:総持寺祖院-10.jpg| file:総持寺祖院-11.jpg| file:総持寺祖院-12.jpg| file:総持寺祖院-13.jpg| file:総持寺祖院-14.jpg| file:総持寺祖院-15.jpg| file:総持寺祖院-16.jpg| file:総持寺祖院-17.jpg| file:総持寺祖院-18.jpg| file:総持寺祖院-19.jpg| file:総持寺祖院-20.jpg| file:総持寺祖院-21.jpg| file:総持寺祖院-22.jpg| file:総持寺祖院-23.jpg| file:総持寺祖院-24.jpg| file:総持寺祖院-25.jpg| file:総持寺祖院-26.jpg| file:総持寺祖院-27.jpg| file:総持寺祖院-28.jpg| file:総持寺祖院-29.jpg| file:総持寺祖院-30.jpg| file:総持寺祖院-31.jpg| file:総持寺祖院-32.jpg| file:総持寺祖院-33.jpg| file:総持寺祖院-34.jpg| file:総持寺祖院-35.jpg| file:総持寺祖院-36.jpg| file:総持寺祖院-37.jpg| file:総持寺祖院-38.jpg| file:総持寺祖院-39.jpg| file:総持寺祖院-40.jpg| file:総持寺祖院-41.jpg| file:総持寺祖院-42.jpg| file:総持寺祖院-43.jpg| </Gallery> == 参考文献 == *佃和雄1974『能登総持寺』北国出版社 *横浜総持寺と祖院の伽藍・仏像の比較:「総持寺の仏像」[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/554] [[category:石川県]]
総持寺祖院
に戻る。
表示
ページ
議論
ソースを表示
履歴
個人用ツール
案内
神殿大観 メイン
神殿大観 総目次
おまかせ表示
検索
ツールボックス
リンク元
関連ページの更新状況
ファイルをアップロード
特別ページ