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崇恵殿

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2023年9月2日 (土)

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'''崇恵殿'''は慶尚北道[[慶州市]]皇南洞にある[[祠廟]]。[[新羅]]の味鄒王、敬順王などを祀る。[[李朝]]が奉斎した。
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'''崇恵殿'''は慶尚北道[[慶州市]]皇南洞にある[[祠廟]]。[[新羅]]の13代味鄒王、30代文武王、56代敬順王を祀る。[[李朝]]が奉斎した。
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*不詳:新羅最後の敬順王を月城内に祀る
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*1592年:壬辰倭乱で焼失
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*1627年:東川洞に東泉廟として再建
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*1723年:敬順王殿と改称
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*1794年:現在地に移転して皇南殿と改称
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*1887年:13代味鄒王を合祀
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*1888年:30代文武王を合祀し、廟を増築した。皇帝が「崇恵殿」額を下賜
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[[Category:大韓民国慶尚北道]]
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2023年9月2日 (土) 時点における最新版

崇恵殿001.jpg

崇恵殿は慶尚北道慶州市皇南洞にある祠廟新羅の13代味鄒王、30代文武王、56代敬順王を祀る。李朝が奉斎した。

  • 不詳:新羅最後の敬順王を月城内に祀る
  • 1592年:壬辰倭乱で焼失
  • 1627年:東川洞に東泉廟として再建
  • 1723年:敬順王殿と改称
  • 1794年:現在地に移転して皇南殿と改称
  • 1887年:13代味鄒王を合祀
  • 1888年:30代文武王を合祀し、廟を増築した。皇帝が「崇恵殿」額を下賜
https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B4%87%E6%81%B5%E6%AE%BF」より作成

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