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総持寺祖院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年3月15日 (土)

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'''総持寺祖院'''(そうじじ・そいん)は、石川県輪島市にある[[曹洞宗]]の[[禅宗の本山寺院|本山寺院]]。横浜[[総持寺]]の発祥地に別院的な寺院として残されている。明治31年(1901)の火災で多くの伽藍を焼失。明治44年(1911)、総持寺は横浜に移転した。[[総持寺関連旧跡]]も参照。
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[[ファイル:総持寺祖院-12.jpg|thumb|500px|]]
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'''総持寺祖院'''(そうじじ・そいん)は、石川県輪島市門前町門前にある[[曹洞宗]]の[[禅宗の本山寺院|本山寺院]]。本尊は釈迦如来。横浜[[総持寺]]の発祥地に[[曹洞宗の別院寺院|別院]]的な寺院として残されている。明治31年(1901)の火災で多くの伽藍を焼失。明治44年(1911)、総持寺は横浜に移転した。山号は諸嶽山。[[総持寺関連旧跡]]も参照。(参考 同名寺院[[総持寺 (同名)]])
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== 歴史 ==
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1911年(明治44年)7月、総持寺別院と称す。
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1969年(昭和44年)、総持寺祖院と称す。
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== 伽藍 ==
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*主に佃和雄1972『能登総持寺』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12270722]による。
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{|class="wikitable"
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!style="width:10%;"|名称
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!style="width:15%;"|本尊など
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!style="width:40%;"|概要
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|総門跡
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|参道
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|法身舎利塔
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|参道
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|総門跡にある。1690年(元禄3年)建立。
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|石字経塚
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|参道
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|総門跡にある。1808年(文化5年)建立。石字経王塔
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|元寺小路
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|参道
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|塔頭があった地区。本山に近いほうから東側に芳春院、昌寿寺、正覚寺、代官屋敷、西側に青陽軒、松岩寺、昌泉寺、太清院があった。妙心庵があった。
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|興禅寺
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|参道
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|[[観音菩薩]]
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|現存する三塔頭の一つ。
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|復興感謝碑<br>[[file:総持寺祖院-43.jpg|200px]]
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|参道
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|2007年(平成19年)の地震からの復興の記念碑
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|三松閣<br>[[file:総持寺祖院-01.jpg|200px]]
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|門内
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|現在の第一の門。明治の大火を免れた。この近くに三本の龍の形の松の木があったという。三樹松閣とも。
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|水害復興記念碑
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|門内
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|1959年(昭和34年)の能登水害では門前町で26人の死者が出た。
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|稲荷社
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|門内
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|[[稲荷神]]
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|稲荷信仰の鎮守社。経蔵の手前にある。白狐石がある。共に元は白山社の前にあった。稲荷堂とも。
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|乳貰地蔵
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|門内
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|[[地蔵菩薩]]
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|稲荷社の隣にある。父母を早くして失い、他人の乳をもらいながら育った通幻寂霊が建てたという。
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|経蔵<br>[[file:総持寺祖院-07.jpg|200px]]
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|門内
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|[[傅大士]]
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|1743年(寛保3年)2月建立。金沢藩主前田吉徳の寄進。明治の大火を免れた。
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|味噌すり地蔵
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|門内
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|地蔵菩薩
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|味噌すり地蔵
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|[[能登・芳春院|芳春院]]
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|門内
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|[[釈迦如来]]
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|現存する三塔頭の一つ。
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|六地蔵
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|門内
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|地蔵菩薩
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|芳春院の東にある。十三仏もある。
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|白山蔵
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|門内
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|元は米蔵。一時期、宝物館として使っていた。二執金剛、八神将
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|鐘鼓楼<br>[[file:総持寺祖院-38.jpg|200px]]
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|門内
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|鐘楼とも。梵鐘は1912年(大正1年)に鋳造。
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|白山社<br>[[file:総持寺祖院-39.jpg|200px]]
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|門内
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|[[白山神]]
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|白山信仰の鎮守社。諸嶽寺時代からの鎮守という。白山殿とも。僧堂の裏にひっそりとある。白山社に伝わる古札には「伊勢天照皇大神宮、八幡大菩薩、春日大明神、白山妙理大権現、熊野三所大権現、石動五社大権現、加茂上下大明神、諏訪上下大明神、住吉大明神、日吉山王、祇園牛頭天王、北野天神宮、気多大菩薩、松尾大明神、平野大明神、稲荷大明神、鉄川大明神、総日本国内大小神社」とある。
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|山門<br>[[file:総持寺祖院-09.jpg|200px]]
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|回廊内
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|[[放光菩薩]]・[[十六羅漢]]・五百羅漢
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|1932年(昭和7年)9月建立。楼上に放光菩薩(観音菩薩と地蔵菩薩)と四天王・十六羅漢・五百羅漢を祀る。像はいずれも明治大火以前のものとみられる。ただし五百羅漢は68体のみが残る。
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|仏殿<br>[[file:総持寺祖院-16.jpg|200px]]
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|回廊内
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|[[釈迦如来]]・[[大権修理菩薩]]・[[達磨]]
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|本尊は釈迦如来。脇侍は迦葉と阿難。大権修理菩薩と達磨を祀る。1912年(大正1年)7月再建。客殿を兼ねた相見の間がある。本尊の釈迦如来像は[[総穏寺]]本堂(横浜総持寺放光堂として移築)に奉安されていたものを遷した[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/556]。
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|大祖堂<br>[[file:総持寺祖院-22.jpg|200px]]
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|回廊内
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|[[瑩山紹瑾]]・[[道元]]・[[峨山韶碩]]・五院開基・[[三宝大荒神]]・定賢
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|法堂と開山堂を兼ねる。1910年(明治43年)9月13日再建。正面壇には瑩山紹瑾の他、道元、峨山韶碩、五院開基を祀る。また左殿には三宝大荒神と定賢の位牌を祀る(三宝大荒神殿?)。左殿には阿弥陀如来も祀るとも[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/557]。
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|僧堂<br>[[file:総持寺祖院-33.jpg|200px]]
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|回廊内
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|[[准胝観音]]
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|1930年(昭和5年)再建。僧侶の修行する道場。坐禅堂とも。
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|白山井戸
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|回廊内
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|2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。
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|放生池
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|回廊内
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|心字池。瑩山紹瑾の忌日法要の最終日に当たる9月15日に放生会を行う。傍らに観音像を祀る。
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|紫雲台
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|紫雲台周辺
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|仏殿の裏側に接続。住職の居所。輪番制の時は75日ずつ五院の住職が交代で入り、「現方丈」と呼ばれた。1973年(昭和48年)再建。相見の間である跳龍室と大広間を備える。
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|蓮池
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|紫雲台周辺
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|紫雲台の庭に設けられた池。
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|荒神井
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|紫雲台周辺
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|蓮池のほとりにある水屋で、三宝荒神が出現した地という。荒神池とも。
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|茶室
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|紫雲台周辺
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|香積台<br>[[file:総持寺祖院-36.jpg|200px]]
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|香積台周辺
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|[[韋駄天]]
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|総持寺祖院の庫院(庫裏)。韋駄天を祀る。韋駄天は金兜、武〓を従える。1952年(昭和27年)4月建立。総受付、大調理場、配膳部、浴場、東司、各役寮がある。2階には五院の名を付けた広間5室がある。
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|待鳳館
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|香積台周辺
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|仏殿の裏側に接続。貴賓館。
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|知足寮
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|香積台周辺
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|監院寮
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|香積台周辺
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|西堂寮
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|香積台周辺
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|2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。
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|摘星観
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|香積台周辺
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|2012年(平成24年)再建。
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|浴室
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|香積台周辺
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|[[跋陀婆羅]]
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|香積台と川を挟んで接続。鶴山にある。
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|放光堂<br>[[file:総持寺祖院-28.jpg|200px]]
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|首山
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|放光菩薩・[[十王]]など
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|檀信徒の遺骨を納める納骨堂。本尊は放光菩薩(地蔵菩薩のみ)。他に十王、[[奪衣婆]]、[[倶生神]]、地蔵菩薩を祀る。1910年(明治43年)9月13日再建。十王などの像は明治大火前の十王堂に祀られていたもの。
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|伝灯院<br>[[file:総持寺祖院-30.jpg|200px]]
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|首山
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|[[瑩山紹瑾]]
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|瑩山紹瑾の墓廟。1693年(元禄6年)の再建。明治の大火を免れた。
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|妙王堂
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|首山
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|[[烏蒭沙摩明王]]
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|烏蒭沙摩明王を祀る堂。除穢殿ともいう。
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|慈雲閣
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|首山
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|観音菩薩
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|観音堂。総持寺祖院最古の建築。総持寺の発祥地とされる。行基が創建した[[諸嶽寺]]の後身という。明治の大火を免れた。観音菩薩像は乾漆像
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|不動堂
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|首山
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|[[不動明王]]
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|不動明王を祀る。首山にある。不動の滝がある。
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|龍王池
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|首山
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|首山にある。不動堂の裏にある。三宝龍王池とも。雨乞いをしたという。不動の滝に流れている。
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|如来堂
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|首山
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|[[如来志希]]
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|「如来志希女」と呼ばれた平野しげ(1886-1928)という尼僧を偲んで建てた堂。平野しげは岐阜県高山市出身で、出家して山崎心英尼と知り合い、総持寺祖院に滞在。当時の監院真鍋魯宥に帰依して各地で説法。如来講を組織。浄財は全て山門建立のために寄進した。首山にある。六角堂とも。
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|三十三観音
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|首山
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|観音菩薩
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|首山にある。西国三十三観音霊場の写し霊場。山崎心英尼が築いた。
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|[[総持寺歴代住職墓地]]<br>[[file:総持寺祖院墓地-04.jpg|200px]]
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|亀山
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|[[峨山韶碩]]ほか
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|亀山にある。峨山韶碩の墓を中心に定賢、五院開基、独住1世から8世までの墓所がある。また五院歴代住職の墓や巨大な前田家家老横山家の供養塔もある。
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|[[櫛比神社]]<br>[[file:櫛比神社-01.jpg|200px]]
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|亀山
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|[[大名牟持命]]・[[少名彦命]]
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|亀山にある。総持寺の守護神。十二所権現とも。村社。
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|神明宮
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|南部
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|[[天照大神]]・[[豊受大神]]
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|石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。伊勢信仰の神社。「ぞんべら祭」が行われる。元は高尾山にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[https://dl.ndl.go.jp/pid/7885472/1/20]。神明社。鬼屋神社。木屋権現。村社。
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|秋葉神社
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|南部
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|[[秋葉大権現]]
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|石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。秋葉信仰の神社。元は三尺坊という地にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[https://dl.ndl.go.jp/pid/7885472/1/20]。秋葉社。
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|古和秀水
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|南部
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|石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山の奥にある。「こわしゅうど」と読む。瑩山紹瑾も用いた霊水という。
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|高尾山観音堂
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|南部
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|放光菩薩・[[金毘羅権現]]
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|石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山にある。放光菩薩(観音と地蔵)と金毘羅権現を祀る。立持寺ともいった。1867年(慶応3年)の建立。平野しげ([[如来志希]])が住んでいた。
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|伊須流岐神社
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|東部
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|[[金山毘古神]]・[[弥都波能売神]]・[[久久能智神]]・[[加具土命]]・[[波邇夜須毘売神]]
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|石川県輪島市門前町日野尾。五行神とも。村社。
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|伊須流岐神社
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|東部
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|金山毘古神・水波能売神・久久能智命・火結神・埴山比咩神
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|石川県輪島市門前町広瀬。五行神とも。村社。
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|覚皇院
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|東部
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|[[大日如来]]
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|石川県輪島市門前町広瀬。現存する三塔頭の一つ。
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|太玉神社
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|東部
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|[[天太玉命]]
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|石川県輪島市門前町内保。気屋の大王権現社。大王社。気邪大権現。村社。
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|宝泉寺
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|西部
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|不動明王
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|石川県輪島市門前町道下。諸嶽寺を譲った定賢が岩瀬の地(元町)に創建した。鉄川護摩堂。[[高野山真言宗]]。
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|[[輪島・諸岡比古神社|諸岡比古神社]]<br>[[file:輪島諸岡比古神社-02.jpg|200px]]
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|西部
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|[[天日鷲命]]・岩城別王・三筒男命・国狭槌命
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|石川県輪島市門前町道下。郷社。鉄川宮、金川宮、鉄川神社。
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|三味線地蔵
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|西部
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|地蔵菩薩
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|石川県輪島市門前町清水。羯鼓林にある。羯鼓林は瑩山紹瑾と定賢が初めて出会った場所とされる。
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|伊須流岐神社
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|北部
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|[[天目一箇命]]
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|石川県輪島市門前町和田。村社。
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|坐禅石
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|北部
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|石川県輪島市門前町和田。北の和田山にある。瑩山紹瑾が初めて櫛比荘に入った時、ここに座って伽藍創建の地を見極めたという。両尊坐禅石。
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|}
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== 塔頭 ==
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[[総持寺関連旧跡]]を参照。芳春院、興禅寺、覚皇院などが現存。峨山韶碩の母の菩提寺の妙心庵を山崎心英尼が復興。
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== 組織 ==
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===貫首===
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[[総持寺#組織]]を参照
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===監院===
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*城井一秀()<>:副監院
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*長谷川天穎()<>:監院心得
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*青山物外()<>:副監院
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*稲寸篤恭()<>:監院
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*五十嵐仙嶺()<>:監寺
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*真鍋魯宥()<>:副監寺。のち監寺。明治の大火後の伽藍復興に尽力。
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*青山物外()<>:監寺
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*小野田梅芳()<>:監寺
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*稲垣禅戒()<>:監寺代行
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*鷲見透玄
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*田中良通()<>:監寺
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*孤峰雲巌()<>:監寺
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*室峰梅逸()<>:監院
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*筒井覚明()<>:監院
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*稲垣順応()<>:監院
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*黒杉道印()<>:監院
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*鈴木永一()<>:監院
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*関口道潤()<>:監院
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==画像==
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== 参考文献 ==
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*佃和雄1974『能登総持寺』北国出版社
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*横浜総持寺と祖院の伽藍・仏像の比較:「総持寺の仏像」[https://dl.ndl.go.jp/pid/12271380/1/554]
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(参考 同名寺院[[総持寺 (同名)]])
 
[[category:石川県]]
[[category:石川県]]

2025年3月15日 (土) 時点における最新版

総持寺祖院-12.jpg

総持寺祖院(そうじじ・そいん)は、石川県輪島市門前町門前にある曹洞宗本山寺院。本尊は釈迦如来。横浜総持寺の発祥地に別院的な寺院として残されている。明治31年(1901)の火災で多くの伽藍を焼失。明治44年(1911)、総持寺は横浜に移転した。山号は諸嶽山。総持寺関連旧跡も参照。(参考 同名寺院総持寺 (同名)


目次

歴史

1911年(明治44年)7月、総持寺別院と称す。 1969年(昭和44年)、総持寺祖院と称す。

伽藍

  • 主に佃和雄1972『能登総持寺』[1]による。
名称 エリア 本尊など 概要
総門跡 参道
法身舎利塔 参道 総門跡にある。1690年(元禄3年)建立。
石字経塚 参道 総門跡にある。1808年(文化5年)建立。石字経王塔
元寺小路 参道 塔頭があった地区。本山に近いほうから東側に芳春院、昌寿寺、正覚寺、代官屋敷、西側に青陽軒、松岩寺、昌泉寺、太清院があった。妙心庵があった。
興禅寺 参道 観音菩薩 現存する三塔頭の一つ。
復興感謝碑
総持寺祖院-43.jpg
参道 2007年(平成19年)の地震からの復興の記念碑
三松閣
総持寺祖院-01.jpg
門内 現在の第一の門。明治の大火を免れた。この近くに三本の龍の形の松の木があったという。三樹松閣とも。
水害復興記念碑 門内 1959年(昭和34年)の能登水害では門前町で26人の死者が出た。
稲荷社 門内 稲荷神 稲荷信仰の鎮守社。経蔵の手前にある。白狐石がある。共に元は白山社の前にあった。稲荷堂とも。
乳貰地蔵 門内 地蔵菩薩 稲荷社の隣にある。父母を早くして失い、他人の乳をもらいながら育った通幻寂霊が建てたという。
経蔵
総持寺祖院-07.jpg
門内 傅大士 1743年(寛保3年)2月建立。金沢藩主前田吉徳の寄進。明治の大火を免れた。
味噌すり地蔵 門内 地蔵菩薩 味噌すり地蔵
芳春院 門内 釈迦如来 現存する三塔頭の一つ。
六地蔵 門内 地蔵菩薩 芳春院の東にある。十三仏もある。
白山蔵 門内 元は米蔵。一時期、宝物館として使っていた。二執金剛、八神将
鐘鼓楼
総持寺祖院-38.jpg
門内 鐘楼とも。梵鐘は1912年(大正1年)に鋳造。
白山社
総持寺祖院-39.jpg
門内 白山神 白山信仰の鎮守社。諸嶽寺時代からの鎮守という。白山殿とも。僧堂の裏にひっそりとある。白山社に伝わる古札には「伊勢天照皇大神宮、八幡大菩薩、春日大明神、白山妙理大権現、熊野三所大権現、石動五社大権現、加茂上下大明神、諏訪上下大明神、住吉大明神、日吉山王、祇園牛頭天王、北野天神宮、気多大菩薩、松尾大明神、平野大明神、稲荷大明神、鉄川大明神、総日本国内大小神社」とある。
山門
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回廊内 放光菩薩十六羅漢・五百羅漢 1932年(昭和7年)9月建立。楼上に放光菩薩(観音菩薩と地蔵菩薩)と四天王・十六羅漢・五百羅漢を祀る。像はいずれも明治大火以前のものとみられる。ただし五百羅漢は68体のみが残る。
仏殿
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回廊内 釈迦如来大権修理菩薩達磨 本尊は釈迦如来。脇侍は迦葉と阿難。大権修理菩薩と達磨を祀る。1912年(大正1年)7月再建。客殿を兼ねた相見の間がある。本尊の釈迦如来像は総穏寺本堂(横浜総持寺放光堂として移築)に奉安されていたものを遷した[2]
大祖堂
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回廊内 瑩山紹瑾道元峨山韶碩・五院開基・三宝大荒神・定賢 法堂と開山堂を兼ねる。1910年(明治43年)9月13日再建。正面壇には瑩山紹瑾の他、道元、峨山韶碩、五院開基を祀る。また左殿には三宝大荒神と定賢の位牌を祀る(三宝大荒神殿?)。左殿には阿弥陀如来も祀るとも[3]
僧堂
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回廊内 准胝観音 1930年(昭和5年)再建。僧侶の修行する道場。坐禅堂とも。
白山井戸 回廊内 2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。
放生池 回廊内 心字池。瑩山紹瑾の忌日法要の最終日に当たる9月15日に放生会を行う。傍らに観音像を祀る。
紫雲台 紫雲台周辺 仏殿の裏側に接続。住職の居所。輪番制の時は75日ずつ五院の住職が交代で入り、「現方丈」と呼ばれた。1973年(昭和48年)再建。相見の間である跳龍室と大広間を備える。
蓮池 紫雲台周辺 紫雲台の庭に設けられた池。
荒神井 紫雲台周辺 蓮池のほとりにある水屋で、三宝荒神が出現した地という。荒神池とも。
茶室 紫雲台周辺
香積台
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香積台周辺 韋駄天 総持寺祖院の庫院(庫裏)。韋駄天を祀る。韋駄天は金兜、武〓を従える。1952年(昭和27年)4月建立。総受付、大調理場、配膳部、浴場、東司、各役寮がある。2階には五院の名を付けた広間5室がある。
待鳳館 香積台周辺 仏殿の裏側に接続。貴賓館。
知足寮 香積台周辺
監院寮 香積台周辺
西堂寮 香積台周辺 2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震で倒壊。
摘星観 香積台周辺 2012年(平成24年)再建。
浴室 香積台周辺 跋陀婆羅 香積台と川を挟んで接続。鶴山にある。
放光堂
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首山 放光菩薩・十王など 檀信徒の遺骨を納める納骨堂。本尊は放光菩薩(地蔵菩薩のみ)。他に十王、奪衣婆倶生神、地蔵菩薩を祀る。1910年(明治43年)9月13日再建。十王などの像は明治大火前の十王堂に祀られていたもの。
伝灯院
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首山 瑩山紹瑾 瑩山紹瑾の墓廟。1693年(元禄6年)の再建。明治の大火を免れた。
妙王堂 首山 烏蒭沙摩明王 烏蒭沙摩明王を祀る堂。除穢殿ともいう。
慈雲閣 首山 観音菩薩 観音堂。総持寺祖院最古の建築。総持寺の発祥地とされる。行基が創建した諸嶽寺の後身という。明治の大火を免れた。観音菩薩像は乾漆像
不動堂 首山 不動明王 不動明王を祀る。首山にある。不動の滝がある。
龍王池 首山 首山にある。不動堂の裏にある。三宝龍王池とも。雨乞いをしたという。不動の滝に流れている。
如来堂 首山 如来志希 「如来志希女」と呼ばれた平野しげ(1886-1928)という尼僧を偲んで建てた堂。平野しげは岐阜県高山市出身で、出家して山崎心英尼と知り合い、総持寺祖院に滞在。当時の監院真鍋魯宥に帰依して各地で説法。如来講を組織。浄財は全て山門建立のために寄進した。首山にある。六角堂とも。
三十三観音 首山 観音菩薩 首山にある。西国三十三観音霊場の写し霊場。山崎心英尼が築いた。
総持寺歴代住職墓地
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亀山 峨山韶碩ほか 亀山にある。峨山韶碩の墓を中心に定賢、五院開基、独住1世から8世までの墓所がある。また五院歴代住職の墓や巨大な前田家家老横山家の供養塔もある。
櫛比神社
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亀山 大名牟持命少名彦命 亀山にある。総持寺の守護神。十二所権現とも。村社。
神明宮 南部 天照大神豊受大神 石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。伊勢信仰の神社。「ぞんべら祭」が行われる。元は高尾山にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[4]。神明社。鬼屋神社。木屋権現。村社。
秋葉神社 南部 秋葉大権現 石川県輪島市門前町鬼屋。総持寺の鎮守。秋葉信仰の神社。元は三尺坊という地にあった。「総持寺と鬼屋部落の守護神」という[5]。秋葉社。
古和秀水 南部 石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山の奥にある。「こわしゅうど」と読む。瑩山紹瑾も用いた霊水という。
高尾山観音堂 南部 放光菩薩・金毘羅権現 石川県輪島市門前町鬼屋。高尾山にある。放光菩薩(観音と地蔵)と金毘羅権現を祀る。立持寺ともいった。1867年(慶応3年)の建立。平野しげ(如来志希)が住んでいた。
伊須流岐神社 東部 金山毘古神弥都波能売神久久能智神加具土命波邇夜須毘売神 石川県輪島市門前町日野尾。五行神とも。村社。
伊須流岐神社 東部 金山毘古神・水波能売神・久久能智命・火結神・埴山比咩神 石川県輪島市門前町広瀬。五行神とも。村社。
覚皇院 東部 大日如来 石川県輪島市門前町広瀬。現存する三塔頭の一つ。
太玉神社 東部 天太玉命 石川県輪島市門前町内保。気屋の大王権現社。大王社。気邪大権現。村社。
宝泉寺 西部 不動明王 石川県輪島市門前町道下。諸嶽寺を譲った定賢が岩瀬の地(元町)に創建した。鉄川護摩堂。高野山真言宗
諸岡比古神社
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西部 天日鷲命・岩城別王・三筒男命・国狭槌命 石川県輪島市門前町道下。郷社。鉄川宮、金川宮、鉄川神社。
三味線地蔵 西部 地蔵菩薩 石川県輪島市門前町清水。羯鼓林にある。羯鼓林は瑩山紹瑾と定賢が初めて出会った場所とされる。
伊須流岐神社 北部 天目一箇命 石川県輪島市門前町和田。村社。
坐禅石 北部 石川県輪島市門前町和田。北の和田山にある。瑩山紹瑾が初めて櫛比荘に入った時、ここに座って伽藍創建の地を見極めたという。両尊坐禅石。

塔頭

総持寺関連旧跡を参照。芳春院、興禅寺、覚皇院などが現存。峨山韶碩の母の菩提寺の妙心庵を山崎心英尼が復興。

組織

貫首

総持寺#組織を参照

監院

  • 城井一秀()<>:副監院
  • 長谷川天穎()<>:監院心得
  • 青山物外()<>:副監院
  • 稲寸篤恭()<>:監院
  • 五十嵐仙嶺()<>:監寺
  • 真鍋魯宥()<>:副監寺。のち監寺。明治の大火後の伽藍復興に尽力。
  • 青山物外()<>:監寺
  • 小野田梅芳()<>:監寺
  • 稲垣禅戒()<>:監寺代行
  • 鷲見透玄
  • 田中良通()<>:監寺
  • 孤峰雲巌()<>:監寺
  • 室峰梅逸()<>:監院
  • 筒井覚明()<>:監院
  • 稲垣順応()<>:監院
  • 黒杉道印()<>:監院
  • 鈴木永一()<>:監院
  • 関口道潤()<>:監院

画像

参考文献

  • 佃和雄1974『能登総持寺』北国出版社
  • 横浜総持寺と祖院の伽藍・仏像の比較:「総持寺の仏像」[6]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B7%8F%E6%8C%81%E5%AF%BA%E7%A5%96%E9%99%A2」より作成

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