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席力図召寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年10月22日 (水)
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| - | '''席力図召寺'''は中国内モンゴル自治区フフホト市[[フフホト]]にある[[チベット仏教]]寺院。'''席力図召'''、'''延寿寺'''、'''シレート・ジョー'''ともいう。 | + | '''席力図召寺'''は中国内モンゴル自治区フフホト市[[フフホト]]にある[[チベット仏教]]寺院。'''席力図召'''、'''錫勒図召'''、'''延寿寺'''、'''シレート・ジョー'''ともいう。[[大召寺]]と合わせて両召廟と呼ばれた。 |
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
| - | + | 1590年の創建。アルタンハーンとダライラマ3世の時代の創建。ダライラマ3世の死後、弟子のシレート1世(席力図希迪図噶卜楚)が遺言に基づき、ダライラマ3世の法座(シレート)に着いて、その事務を代行し、後継者を探し、アルタンハーンの孫をダライラマ4世に据えた。 | |
| + | 1966年からの文化大革命で被災した後、1980年に復興。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
2025年10月22日 (水) 時点における最新版
席力図召寺は中国内モンゴル自治区フフホト市フフホトにあるチベット仏教寺院。席力図召、錫勒図召、延寿寺、シレート・ジョーともいう。大召寺と合わせて両召廟と呼ばれた。
歴史
1590年の創建。アルタンハーンとダライラマ3世の時代の創建。ダライラマ3世の死後、弟子のシレート1世(席力図希迪図噶卜楚)が遺言に基づき、ダライラマ3世の法座(シレート)に着いて、その事務を代行し、後継者を探し、アルタンハーンの孫をダライラマ4世に据えた。 1966年からの文化大革命で被災した後、1980年に復興。
参考文献
- 嘉木揚凱朝「文化大革命後のモンゴル仏教の様態―北京市雍和宮と承徳市普寧寺を中心として」[1]