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西久保神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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1922年(大正11年)2月11日の創立許可を得た。例祭は7月12日だった。 | 1922年(大正11年)2月11日の創立許可を得た。例祭は7月12日だった。 | ||
(『樺太の神社』) | (『樺太の神社』) | ||
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| + | ==歴史== | ||
| + | *1906年5月3日:軍川入植 | ||
| + | *1907年7月12日:斎場を設けて西久保豊一郎を祀る | ||
| + | *1915年5月15日:社殿起工 | ||
| + | *1915年5月30日:社殿竣工。 | ||
| + | *1915年7月12日:鎮座。遺品の軍刀を神宝として納める。同時期に戦没地にも社殿を設け神霊を奉斎し、「奥の院」と呼ばれた。 | ||
| + | *1922年(大正11年)2月11日:創立許可(3月12日とも)。 | ||
| + | *1928年10月:戦跡記念碑建立 | ||
| + | *1931年7月:奥の院の神霊を本社に遷し、社殿を撤去し、記念碑を建立した | ||
| + | *1931年7月14日:閑院宮参拝 | ||
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==祭神== | ==祭神== | ||
2025年5月27日 (火) 時点における版
西久保神社は樺太庁豊原支庁豊原市豊原軍川にあった招魂社。祭神は日露戦争の時に樺太で戦死した西久保豊一郎命ほか18柱。西久保は樺太護国神社の筆頭祭神でもある。神社行政上は招魂社ではなく通常の神社であり無格社だった。 北海道・樺太の神社。
豊原の市街地の西北4kmの軍川にあった。 1922年(大正11年)2月11日の創立許可を得た。例祭は7月12日だった。 (『樺太の神社』)
歴史
- 1906年5月3日:軍川入植
- 1907年7月12日:斎場を設けて西久保豊一郎を祀る
- 1915年5月15日:社殿起工
- 1915年5月30日:社殿竣工。
- 1915年7月12日:鎮座。遺品の軍刀を神宝として納める。同時期に戦没地にも社殿を設け神霊を奉斎し、「奥の院」と呼ばれた。
- 1922年(大正11年)2月11日:創立許可(3月12日とも)。
- 1928年10月:戦跡記念碑建立
- 1931年7月:奥の院の神霊を本社に遷し、社殿を撤去し、記念碑を建立した
- 1931年7月14日:閑院宮参拝
祭神
- 『樺太領有之先駆者西久保少佐』「西久保神社」[1]による。
- 01:西久保豊一郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。追分神社・女麗神社にも祀られた。
- 02:今村善男:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 03:市原留吉:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 04:久芳喜一:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 05:林源三郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 06:白山甚之助:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 07:中島松五郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 08:塚本紋次郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 09:佐々木佐市:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 10:小泉経松:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 11:増田悦蔵:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 12:門井政之助:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 13:大貫鉄太郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 14:小川佐次郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 15:中村伊十:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。中村伊一とも。
- 16:中谷次郎市:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 17:見波嘉一郎:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 18:熊沢関蔵:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑合祀。
- 19:田代伊兵衛:靖国神社合祀。樺太護国神社合祀。大泊表忠碑には合祀されず。