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川辺護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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川辺護国神社は鹿児島県南九州市川辺町平山(薩摩国川辺郡)にある招魂社官祭招魂社指定外護国神社川辺招魂社鹿児島藩の官祭招魂社と官修墳墓も参照。

目次

祭神

靖国神社誌では2柱[1]

歴史

  • 明治3年4月:阿多源七が郷人にはかって石祠を建立。「諏訪下南方神社第一鳥居わき」。
  • 大正2年11月28日:官祭招魂社。
  • 大正8年8月:移転に着手。
  • 大正9年4月23日:南方神社の横に遷座。諏訪公園の一画。
  • 昭和14年4月1日:川辺護国神社と改称。
  • 昭和40年6月11日:現在地にコンクリート造りの社殿を造営、遷座祭

境内

  • 本殿
  • 双忠祠碑:明治3年4月建立。碑銘[2]
  • 長井正蔵君松田三太郎君碑:明治12年8月建立。碑銘[3]
  • 池田君紀念碑:明治16年2月建立。池田平之進。明治15年の朝鮮壬午軍乱で戦死。
  • 招魂碑
  • 「みたまよやすらかに」碑:平成9年2月建立。副碑あり。
  • 「護国神社建設記念碑」:昭和40年6月12日建立。
  • 「精研学舎跡」碑:川辺町郷土史[4]
  • 石祠:亡友祠?
  • 「亡友紀念碑」:明治39年8月25日建立。
  • 石祠:明治23年7月30日建立。
  • 川辺郷招魂塚:薩軍の招魂社。石祠。戦亡碑、丁丑役殉難表、丁丑役五十年記念祭合祀表、建設人碑、建設人名燈籠がある。碑銘[5]
  • 末弘武輔墓:現存未確認。鹿児島藩招魂社祭神。白河官修墳墓。碑銘[6]

資料

  • 「川辺護国神社関係書類綴」:昭和24年。鹿児島県郷土資料総合目録
  • 1997『川辺町郷土史 追録』[7]
  • 『靖国神社百年史 資料篇 下』[8]
  • 1953『川辺町郷土誌 昭和28年版』「奥州戦争と従軍者」[9]
  • 「双忠祠碑」[10]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B7%9D%E8%BE%BA%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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