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岩木山神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年10月19日 (土)

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岩木山神社・参道-08.jpg

岩木山神社(いわきやま・じんじゃ)は青森県弘前市百沢寺沢(陸奥国津軽郡)の岩木山にある神社。祭神は宇都志国玉命、多都比毘売命、宇賀能売命。中腹に里宮が、山上に奥宮がある。国幣小社神社本庁別表神社

目次

歴史

境内

組織

明治以前は社家として安倍家と山田家があった。山田家は下居宮(守山神社)の社家でもあった。維新後、安倍家は浪岡八幡宮に移ったという。また最後の住職の末裔の多田家は奥富士出雲神社を構えている。寺役人だった太田家もあった。

宮司

  • 「岩木山神社宮司名簿」[1]ほか
岩木山神社歴代宮司
代数 生没年 在職年 略歴
安倍貞世 生没年不詳 1871年(明治4年)時点で岩木山神社神主[2]。1874年(明治7年)5月時点で岩木山神社禰宜[3]。権少講義。(1870年(明治3年)死去[4]は誤りか)。
1 中林清風 生没年不詳 1873-1874 元笠間藩藩医[5]。1868年(明治1年)9月時点で行政官官掌[6]。1869年(明治2年)6月頃、宮谷県判県事[7](4月就任か[8])。1871年(明治4年)7月27日まで宮谷県大参事[9]。1873年(明治6年)7月20日[10]から1874年(明治7年)5月28日[11]まで岩木山神社宮司(1874年(明治7年)1月退任[12]は誤りか)。教導職中講義[13]、のち権大講義[14]。著書『岩木山布教案』(目録[15]
2 高田文明 生没年不詳 1874-? 下野国出身。伊佐須美神社権宮司を経て1874年(明治7年)、岩木山神社宮司(1874年(明治7年)1月就任というが誤りか[16])。退任年不詳。
3 板垣信正 生没年不詳 1876-1878 甲斐国出身。栗田寛の弟子。1875年(明治8年)6月時点で岩木山神社権宮司[17]。1876年(明治9年)3月時点で権大講義・神道事務分局長にもなっている[18]。同年5月以前に宮司に就任[19](9月就任[20]は誤りか)。1878年(明治11年)5月10日退任[21]。1881年(明治14年)時点で権大講義[22]
4 佐地田歳躬 生没年不詳 1878-1879 下野国出身。1873年(明治6年)時点で栃木県近津神社祠掌[23]で1875年(明治8年)退任[24]。1876年(明治9年)3月時点で岩木山神社禰宜兼少講義[25]。同年9月28日時点で弘前神道事務支局長[26]。1878年(明治11年)9月から1879年(明治12年)5月10日まで岩木山神社宮司[27]。1881年(明治14年)時点で権大講義[28]。1894年(明治27年)時点で三重県安濃郡書記[29]。1899年(明治32年)時点で三重県内務部属[30]
5 内海政雄 1843-1895 1879-1879 三島神社少宮司を経て1879年(明治12年)11月8日から12月26日まで岩木山神社宮司[31]。のち大山阿夫利神社祠官。(略歴は大山阿夫利神社#組織を参照)
6 石神喜平次 ?-1891 1879-1880 鹿児島藩出身。1873年(明治6年)4月、都農神社宮司。1874年(明治7年)9月、寒川神社宮司。1879年(明治12年)12月26日から1880年(明治13年)8月まで岩木山神社宮司[32]。1887年(明治20年)4月1日、大物忌神社宮司[33]。1891年(明治24年)2月17日死去[34]
7 松村清人 ?-1880 1880-1880 信濃国出身。水無神社宮司、伊弉諾神社宮司を経て1880年(明治13年)8月から9月まで岩木山神社宮司[35]。(略歴は伊弉諾神宮#組織を参照)
8 長利仲聴 1823-1903 1880-1900 弘前藩出身の国学者。歌人。弘前熊野神社の社家の出身。1823年(文政6年)生[36]。江戸に出て平田鉄胤に国学を学ぶ。海野遊翁に歌学を、京都で千種有功に歌道を学ぶ。1871年(明治4年)、熊野神社祠官。津軽地方と中央で神道事務支局や皇典講究所の仕事に携わる。1880年(明治13年)11月12日から1900年(明治33年)11月30日まで岩木山神社宮司[37]。1903年(明治36年)死去。著書『豊富村日記』『雨乞日記』『岩木山百首』。
9 祝儀麿 1868-1923 1900-1903 1900年(明治33年)11月30日、岩木山神社宮司[38]。1903年(明治36年)2月6日、広田神社宮司。(略歴は砥鹿神社#組織を参照)
10 大井田斉 1860-1924 1903-1910 1903年(明治36年)2月6日、岩木山神社宮司。1910年(明治43年)12月28日、駒形神社宮司。広瀬神社宮司。
11 藤井秀任 1857-1915 1910-1917 1910年(明治43年)12月28日から1917年(大正6年)5月26日まで岩木山神社宮司。結城神社宮司に転任。(略歴は霊山神社#組織を参照)
12 伊藤真広 1882-1928 1917-1922 結城神社宮司を経て1917年(大正6年)5月26日、岩木山神社宮司。1922年(大正11年)3月30日、神宮神部署主事[39]。(略歴は熊野本宮大社#組織を参照)
13 石田武雄 生没年不詳 1922-1929 1875年(明治8年)生[40]。青森県内務部属を経て1922年(大正11年)4月19日[41]から1929年(昭和4年)3月5日[42]まで岩木山神社宮司。のち八幡宮(むつ市川内町)社司。
14 武智章 ?-1961 1929-1935 石鎚神社宮司。石鎚本教管長。氷川神社禰宜を経て1929年(昭和4年)3月5日[43](6日[44])から1935年(昭和10年)3月23日[45]まで大麻比古神社宮司。
15 河島勲 生没年不詳 1935-1942 栃木県出身。1914年(大正3年)国学院大学師範部国史科卒業。1935年(昭和10年)3月23日[46]、岩木山神社宮司。1942年(昭和17年)3月19日から1946年(昭和21年)7月16日まで常磐神社宮司。茨城県護国神社社司[47]。(略歴は常磐神社#組織を参照)
16 園倉実雄 1883-1963 1942-1963 1883年(明治16年)生[48]。1907年(明治40年)国学院大学高等師範部卒業。弥彦神社塩竈神社を経て1942年(昭和17年)3月19日[49]から岩木山神社宮司。1963年(昭和38年)7月30日、在職で死去。
17 山田定雄 1902-1967 1963-1967 岩木山神社の旧社家の出身[50]。1902年(明治35年)生[51]。1918年(大正7年)岩木山神社に奉職。1963年(昭和38年)8月1日、岩木山神社宮司。1967年(昭和42年)4月23日、在職で死去。
18 須藤茂弘 1910-1995 1967-1988 青森県出身。1910年(明治43年)生。1935年(昭和10年)岩木山神社に奉職。1967年(昭和42年)5月24日、岩木山神社宮司代務者。1971年(昭和46年)4月19日から1988年(昭和63年)3月5日まで宮司。1995年(平成7年)11月5日死去。
19 須藤茂忠 1941- 1988- 青森県神社庁長。1941年(昭和16年)生。1988年(昭和63年)3月5日、岩木山神社宮司。

権宮司

  • 小山内建麿(1831-1902):弘前藩士。宣教使を経て岩木山神社権宮司。

資料

  • 『岩木山神社縁起略諺解』[53]
  • 船水清1980『わがふるさと―新津軽風土記1』「岩木山神社」[54]
  • 品川弥千江1969『岩木山―改訂』[55]

脚注

https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B2%A9%E6%9C%A8%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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