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近江・清凉寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月3日 (月)

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清凉寺(せいりょうじ)は滋賀県彦根市古沢町にある井伊家ゆかりの曹洞宗寺院。本尊は釈迦如来。石田三成一族の菩提を弔うため井伊直政が創建。周辺には近江・龍潭寺井伊神社、大洞弁財天堂がある。(参考:同名寺院清凉寺

組織

歴代住職

  • 1. 愚明正察(1583-1670)<1631-1656>:上野国垣生の出身。1617年、彦根長純寺(大龍寺)住職。1619年、総持寺出世。本来は愚明正察以前にも「前開山」がいたという。当初の本寺の安中長源寺と疎遠になったため、1631年11月、清凉寺開山に招かれた。1644年4月22日、上野・双林寺15世。雲峰〓悦の法嗣となる。1648年頃、清凉寺に再住。1655年引退を願い出て、双林寺から後継者を迎えようとするが実現せず、豊国寅貞を迎えるが、儀式作法について議論となり、長源寺との関係を断ち、双林寺の末寺と改めた。頼岳寺3世。愚明祥察
  • 2. 豊国寅貞(?-1671)<1656->:彦根長純寺。
  • 3. 鉄伝窓牛(?-1680)<>:
  • 4. 太寧門朔(?-1700)<>:大寧門朔
  • 5. 禅巌覚道(?-1722)<>:禅厳覚道
  • 6. 東溟弁日(?-1743)<>:中興。1717年、甘露寺を開いて隠退。
  • 7. 蟾州定玉(?-1745)<>:
  • 8. 天巌祖暁(1667-1731)<1723-1726>:徳翁良高の法嗣。天厳祖暁。「天厳祖暁禅師年譜」[1]
  • 9. 劫外全国(1661-1742)<1727-1736>:武蔵国出身。1727年から1736年まで清凉寺住職。高外全国。塔銘[2]
  • 10. 覚瑞伝香(?-1743)<1736-1743?>:覚端秀香
  • 頑極官慶(1682-1767)<1743-1747>:歴代外。『曹洞宗文化財調査目録解題集』にも「現行の当寺の世代表には頑極官慶の名が載っていない」とある[3]。肥前出身。黙子素淵の法嗣。1743年3月11日から1747年春まで清凉寺住職[4][5]。「脱牌して前住とす」という。名古屋新豊寺を創建。
  • 11. 崑山元瑞(1681-1749)<1747->:隠之道顕の法嗣。美濃・妙応寺20世。1747年3月20日清凉寺住職。1749年死去、69歳[6]
  • 12. 天然自暁(?-1773)<1749?>:隠之道顕の法嗣。結城真光院開山。
  • 13. 月巣道隣(?-1761)<1759?>:隠之道顕の法嗣[7]。月窓通隣。
  • 14. 鉄印寂門(?-1774)<1761?>:隠之道顕の法嗣[8]。鉄印寂文
  • 15. 梁屋絶洪(1728-1779)<1776-1779>:鉄印寂門の法嗣[9]。出羽蓬莱寺。1776年1月28日から1779年3月17日まで清凉寺住職。曹洞宗近世僧伝集成[10]
  • 16. 大巌千英(?-1808)<>:鉄印寂門の法嗣[11]。武蔵法心寺。千英太巌
  • 17. 雄山泰英(?-1804)<>:登米大慈寺18世
  • 18. 漢三道一(1756-1825)<1804-1814>:再中興。1800年9月25日、豪徳寺16世。1803年11月まで。1804年4月25日、清凉寺住職。1814年、長崎晧台寺18世。1824年、大阪黙照寺に引退。1825年10月3日死去。貫山道一。
  • 19. 寂室堅光(1753-1830)<1814->:豊前国宇佐郡出身。海外亮天の法嗣。近江・天寧寺開山。功山寺24世。1804年2月18日、豪徳寺17世。1814年4月25日、清凉寺住職[12]。1818年、巨大な僧堂を建立。近江天寧寺を創建。略伝[13]
  • 20. 仏果印成(?-1827)<>:仏山海印の法嗣。
  • 21. 独掌道鳴(?-1830)<>:天寧寺2世
  • 22. 太聡師虔(?-1841)<>:天寧寺3世。泰聡師虔。泰総師虔。
  • 23. 仏洲仙英(1794-1864)<1841>:因幡出身。仏山本宗の法嗣。1841年、清凉寺住職。井伊直弼の坐禅の師となる。1857年、瑩山紹瑾『伝光録』を校訂して初めて出版した。仏州仙英。
  • 24. 大癡千準(?-1869)<>:大痴千準。
  • 25. 寂潭俊龍(?-1870)<1861->:1853年、豪徳寺23世。1861年、清凉寺住職。
  • 26.鉄面清拙(1814-1904)<1867->:鴻雪爪。(略歴は御嶽教を参照)
  • 27 軌外良範(?-1887)<>:長森良範。永平寺監院。中教正。規外良範
  • 28牧牛素童(1841-1920)<>:石川素童。総持寺独住4世。曹洞宗第8代管長。最乗寺独住5世。豪徳寺29世。牧牛素堂。(略歴は総持寺#組織を参照)
  • 29魁矣機然(?-1915)<>:清水機然。無印大転の法嗣。
  • 30温宗篤恭(1853-1936)<?-1936>:稲寸篤恭。石川素童の法嗣。1910年、総持寺監院。総持寺西堂。1936年9月7日死去、84歳[14]
  • 31大雄素禅(?-1939)<>:石川素禅。石川素童の法嗣。
  • 32絶聖篤信(?-1966)<>:村瀬篤信。
  • 33清凉信行(?-1997)<>:村瀬信行。
  • 34清巌道雄(1950-)<>:桂川道雄。青龍寺住職、清凉寺兼務住職。
  • 村瀬行寛

曹洞宗文化財調査目録解題集[15]

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