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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

仙台・称念寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年2月15日 (日)

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称念寺(しょうねんじ)は、宮城県仙台市青葉区(陸奥国(陸前国)宮城郡)にある、浄土真宗開祖親鸞の高弟二十四輩第11番無為信房(むいしんぼう)ゆかりの寺院。「帰入満足の御真影」を祀る。浄土真宗本願寺派。「赤門寺」。「橘昌山本誓院称念寺」(きっしょうざん・ほんせいいん・しょうねんじ)。(参考:同名寺院称念寺

無為信房(無為子房)の出自は、当寺の伝承ではもう一つの旧跡寺院無為信寺のものと大きく異なる。彼は、元は紀伊田辺の城主で俗名を橘栄住と言い、無常を感じ、出家。常陸の稲田の草庵に親鸞を訪ね、帰依した。東北布教を命じられ、建長2年(1250)に念仏道場を開き、親鸞より「称念寺」の寺号を賜った。

創建当初は陸奥国会津郡にあったとも、陸奥国宮城郡にあったとも言われる。 会津創建説では、領主となった伊達家の庇護を受け、その移動に従い玉造郡岩出山(現・宮城県大崎市岩出山町)に移り、慶長年間に宮城郡仙台城下の北山の現在地に移ったとされる。

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