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休ケ岡八幡宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年4月28日 (水)

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(国土地理院空中写真より)

休ケ岡八幡宮は、奈良県奈良市の薬師寺にある八幡信仰の神社。祭神は「誉田別命・息長足媛命・仲日売命」(国史大事典)。薬師寺鎮守。村社(国史大事典)。

目次

創建

寛平年間(889-898)、別当栄紹が宇佐八幡を勧請して創建。南大門の南側にあった花苑内に建てられ、現在の鎮座地も同じ位置とみられる。近年の研究によると、同時代創建の他の八幡宮や『薬師寺古記録抜粋』の記述から、宇多天皇の勅願を受け、栄紹が寛平8年(896)に創建したとみられている(近藤将人2014「薬師寺僧形八幡三神像の成立事情について」)。 創建前後に造立された神像は、神像美術の代表古例として著名。

歴史

社殿は破損と再興を繰り返した。嘉暦2年(1327)、焼失。のち再建。天文8年(1539)、薬師寺諸堂が暴風で破損。八幡宮も修復されるが、慶長元年(1596)、地震で倒壊。慶長8年(1603)、豊臣秀頼の命で片桐且元が現在の社殿を再建した。この時、中門や楼門も建てられたが、宝永4年(1707)の地震で倒壊した。

八幡社八講、八幡社十講が行われていた。

明治の神仏分離で、薬師寺から独立して、村社となった。しかし現在は再び薬師寺の管理下にあり、独立した法人格は持たないようだ。

社殿

本殿は慶長8年6月26日に再建されたもの。この時の棟札が現存するという。 本殿は西正面に建てられている。 左右の脇殿には十九所明神を祀っていた。境内に若宮社があったが、昭和23年、古図に基づき別地に遷座。座小屋という宮座の建物が残る。社地の近くに八幡院という薬師寺塔頭があり、八幡宮を管理していた寺院と思われる。 社地の北には孫太郎稲荷神社がある。

参考文献

  • 国史大事典
  • 日本歴史地名大系
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BC%91%E3%82%B1%E5%B2%A1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE」より作成

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