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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

伯耆・大山寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月9日 (水)

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大山寺(だいせんじ)は、鳥取県西伯郡大山町の伯耆大山にある天台宗寺院。天台宗延暦寺派別格寺大神山神社の神宮寺。 鳥取県西伯郡大山町大山9。


組織

歴代学頭

本坊西楽院に住した。大山寺座主とも称したか。2世からは延暦寺寛永寺の僧が任命された。1710年(宝永7年)6月以後は滋賀院門跡が学頭を務め、留守居・代官が派遣された。西楽院を政庁とする学頭・留守居・代官・三学頭代という支配機構が成立。

  • 1豪円(1535-1611)<?-1611>:大山寺中興。備前・金山寺中興。伯耆出身。1535年(天文4年)生。俗姓は中津尾。初名は円智。延暦寺地福院延暦寺習禅院に住す。1568年(永禄11年)頃金山寺住職に就任。大山寺に帰り西楽院に入り一山の実権を掌握。1594年(文禄3年)または1561年(永禄4年)に大山寺住職となり、伽藍復興に尽くす。1611年(慶長16年)死去。
  • (除歴)岩本院()<1611-1613>:豪円の弟子。一山僧侶から排斥され幕府から罷免される。
  • 2久運(-1626)<1613->:延暦寺の僧。延暦寺薬樹院に住したか。1613年(慶長18年)学頭就任。大山寺には常住せず。
  • 3天海(1536-1643)<1626->:1626年(寛永3年)学頭就任。大山寺には常住せず。妙浄院を留守居代官に命じた。
  • 4胤海()<>:天海の直弟子。寛永寺学頭。延暦寺檀那院寛永寺涼泉院を創建。羽黒山執行も務めた。
  • 5公侃()<1679-1689>:池田輝澄の六男。徳川家康の孫。樗谿神社(鳥取東照宮)別当の大雲院の開山。寛永寺涼泉院に住す。1679年(延宝7年)から1689年(元禄2年)まで大山寺学頭。実成院と号す。
  • 6最純()<>:寛永寺執当。
  • 7常然()<>:
  • 8実興()<-1710>:寛永寺執当。寛永寺常照院根津神社別当昌泉院。

歴代住職

  • 大舘禅空:
  • 大舘禅雄:自坊は洞明院
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BC%AF%E8%80%86%E3%83%BB%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%AF%BA」より作成

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