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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

佐土原藩招魂社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年11月15日 (木)

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佐土原藩招魂社は京都府京都市東山区祇園町南側の大雲院にある招魂碑。神社行政上は官祭招魂社として扱われたが、社殿はなく石碑だけが建てられていたようだ。下京招魂社。石碑の名は「豊烈曜後之碑」

歴史

佐土原藩(宮崎県宮崎市佐土原町、島津家)が創建。創建年代については『靖国神社誌』に1869年(明治2年)6月とあるが、石碑には1868年(明治1年)12月の銘がある。『靖国神社誌』の年号は政府が「招魂社」として認知登録した時点のものか。下京の大雲院にあったが、1983年(昭和58年)、佐土原高月院に遷座。東山に移った大雲院にも同年、復元した石碑を建立した。また「佐土原藩戦没招魂塚」も合わせて建てた。なお佐土原には広瀬護国神社がある。

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