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添上・円照寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年8月5日 (月)
(円照寺門跡から転送)
円照寺(えんしょうじ)は、奈良県奈良市(大和国添上郡)にある臨済宗の尼門跡寺院。本尊は如意輪観音。中山みき旧跡。臨済宗妙心寺派。大和三門跡の一つ。山村御所。八島御所(八嶋御所)。山号は普門山。(参考:同名寺院円照寺)
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歴史
後水尾天皇第一皇女の梅宮は鷹司教平に嫁したが3年で離別。梅宮は臨済宗の一糸文守(永源寺91世中興)に帰依し出家。大通文智と名乗った。1641年。修学院村に円照寺を建てた。 1655年3月13日、岩倉に向かう途中の後水尾上皇が円照寺に御幸。この時、上皇は修学院村を離宮の適地と見定め、修学院離宮を造営し、1659年にはほぼ完成した。 一方、大通文智は仏道修行に専念するため、1656年、南都近郊の大和国添上郡八島村に円照寺を移転。さらに1669年(寛文9年)に山村に移転した。近くの山村廃寺の出土品を所蔵。(日本歴史地名大系)
伽藍
詳細不詳
- 本堂:円通殿。八島時代のものを移築したという。
- 阿弥陀堂
- 客殿
- 円照寺宮墓地:皇室治定。皇族以外の住職墓地もある。
組織
住職
円照寺宮墓地に葬られた。
- 1大通文智女王(1619-1697)<>:後水尾天皇第一皇女で第一子。母は四辻与津子。1619年(元和5年)生。幼名は梅宮。徳川家出身の東福門院の後水尾天皇入内で追いやられるが、のちに東福門院とは親交を結んだ。13歳でいとこの鷹司教平と結婚。しかし病気で3年で御所に戻った。1640年、22歳で得度。一糸文守に師事した。修学院村の円照寺に入った。1646年に師が死去した後は真言宗の光影と雲松に師事し、受戒もしている。1656年、仏道修行に専念するため南都に移った。叔父の一乗院宮尊覚親王の周旋で八島の地をあてがわれ、円照寺を移転。東福門院の要請で将軍徳川家綱は1668年、200石を寄進した。東福門院も100石と伽藍造営料を寄進した。近くに兄弟弟子の知明浄因の寺があったことも一因となった。1669年、さらに寺地を山村に移して伽藍が完成した新しい円照寺に入る。多くの尼僧が集まり、厳しく指導したという。1697年(元禄10年)1月18日死去。79歳。信仰や言行を物語る文書や美術が円照寺に多く伝わる。深如海院宮。(『尼門跡と尼僧の美術』)
- (大観文察女王)(1654-1683)<>:後水尾天皇皇女。1654年(承応3年)生。光照院門跡。1683年(天和3年)6月1日、継承前に死去。脱山真誉。瑞慶尊賀。宝池光院宮。
- 2大歓文喜女王(1693-1702)<>:霊元天皇皇女。1693年(元禄6年)生。1702年(元禄15年)10月23日死去。菩提心院宮。
- 明山瑞光女王(1674-1706)<>:後西天皇皇女。1674年(延宝2年)生。慈受院門跡が本務だったので歴代には数えていないようだ。1706年(宝永3年)死去。大円宗悟。(『比丘尼御所諡号考』になし)
- 3大寂永応女王(1702-1754)<>:霊元天皇皇女。母は藤式部局。1702年(元禄15年)生。幼名は乙宮。
1709年、8歳で円照寺に入寺。1710年得度して大寂文応と名乗り、円照寺門跡3世となる。1725年、大聖寺門跡22世に移り、円照寺も兼務。この時、大聖寺の慣例に従い、前住職の名前の一字を取り、大寂永応と改名。同年、紫衣を賜る。1746年、円照寺で開山大通文智女王の50年忌を営む。この時、阿弥陀堂を建立。1754年(宝暦4年)死去。53歳。円照寺宮墓地に埋葬された。清浄心院宮。大通文智女王に関する記録をまとめた。書家や歌人としも活躍した。(『比丘尼御所諡号考』になし)(『尼門跡と尼僧の美術』)
- 4大徹文亨女王(1746-1770)<>:有栖川宮職仁親王王女。桜町天皇猶子。1746年(延享3年)7月12日生。1770年(明和7年)7月4日死去。歓喜心院宮。
- 5大機文乗女王(1787-1846)<>:有栖川宮織仁親王王女。光格天皇猶子。1787年(天明7年)1月16日生。当初は中宮寺門跡に入る予定だったが、1770年(明和7年)大聖寺門跡に入る。1846年(弘化3年)6月22日死去。大儀文成女王?常応心院宮。
- 天厳永皎女王(1732-1808)<1770-1808>:中御門天皇皇女。大聖寺門跡が本務だったので歴代には数えていないようだ。
- 6大知文秀女王(1844-1926)<>:伏見宮邦家親王王女。1844年(弘化1年)生。1926年(昭和1年)死去。
- 文孝秀山(-1939)<>:近衛秀山。1939年(昭和14年)死去。
- 文線静山(-1995)<-1957->:山本静山。1995年(平成7年)死去。
- 村上亮順()<>:
- 萩原道秀()<2018->:
大機文乗女王まで『比丘尼御所諡号考』