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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

大正大嘗祭主基田

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年4月30日 (火)

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金刀比羅宮に主基記念殿として移築された神殿・神饌殿・稲実殿

大正主基田は香川県綾歌郡綾川町山田上にあった大正天皇大嘗祭の主基田。「主基斎田之碑」がある。斎田が現存し、毎年6月に「お田植えまつり」が実施されている。その他、三豊市豊中町に「主基斎田御筵の碑」、「主基斎田風俗歌の碑」、綾川町山田上に「主基斎田耕牛 千代号の碑」が現存。香川県立農業経営高等学校は主基斎田選定を記念して設立された学校。大正悠紀田は愛知県にあった。大嘗祭関連旧跡

神殿、神饌殿、稲実殿が原形のまま1916年(大正5年)に金刀比羅宮に移築されて「主基記念殿」とされたが、のち台風で撤去されたという[1][2]

2016年(平成28年)綾川町主基斎田記念館会館。

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