ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

糟屋・宇美八幡宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年4月7日 (土)

宇美八幡宮から転送)
移動: 案内, 検索
宇美八幡宮
うみ はちまんぐう
社殿
概要 応神天皇誕生地に鎮座する八幡宮。筥崎宮旧跡。『古事記』『日本書紀』伝説地に鎮座する神社。
所在地 福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1-1
所在地(旧国郡) 筑前国糟屋郡
社格など 県社別表神社
関連記事


宇美八幡宮(うみ・はちまんぐう)は、福岡県糟屋郡宇美町の応神天皇誕生地にある八幡宮県社別表神社。「産八幡宮」とも称す。祭神は、「応神天皇、神功皇后、玉依姫、住吉大神、伊弉諾尊」である(宇美八幡宮ウェブサイト)。『筑前名所図会』には「中殿八幡大神、左神功皇后、宝満大明神、右住吉大神、大祖権現」とある(『筑前名所図会 巻9』)。石清水八幡宮別宮の一つ。

由緒・歴史

『古事記』『日本書紀』に神功皇后は応神天皇を宇美で出産したとある。敏達天皇3年に社殿が建立されたという。1274年(文永11年)の元寇のとき、筥崎宮が当社に避難してきた。筥崎宮はさらに宇美八幡宮北側にあった極楽寺に避難したという(現在、極楽寺跡には箱崎八幡宮がある。)。1872年(明治5年)郷社、1891年(明治24年)8月に県社に昇格(『神道史大辞典』、ウェブサイトでは1872年(明治5年)に村社に列格したとある。)。 別表神社。

なお旧怡土郡にも怡土・宇美八幡宮があるが、糟屋の宇美八幡宮の神領に創建された分社である(『筑前国続風土記』))。


神域・社殿の構成

境内社としては生誕のときの産婆の湯方殿を祀る湯方社や聖母宮、武内社などがある。鳥居の正面脇には仲哀天皇陵とされる塚があったが現存しないようである。そのほか、産湯の水、御降誕碑などのほか、『愚管抄』にも登場する子安の木がある。また神域の南側、参道正面の突き当たりにある井野山に御旅所の八幡産宮がある。八幡産宮の近くには浮殿跡がある。神域の北側に「胞衣が浦」という小山があり、胎盤を埋納したところとされ、そこに上宮が祀られている。胞衣が浦は弥勒山ともいい、かつては神宮寺の宇美山誕生寺があった。真言宗で山号を護国山ともいった。

宇美八幡宮 周辺図


参考文献

『筑前国続風土記』、『筑前名所図会』、宇美八幡宮ウェブサイト

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B3%9F%E5%B1%8B%E3%83%BB%E5%AE%87%E7%BE%8E%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール