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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

安房・妙蓮寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年4月9日 (木)

小湊妙蓮寺から転送)
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妙蓮寺(みょうれんじ)は、千葉県鴨川市小湊にある日蓮宗寺院。日蓮の両親の墓所がある(妙日寺にも墓所がある)。本尊は十界曼荼羅日蓮宗久遠寺派。同派の宗門史跡。両親閣小湊妙蓮寺小湊誕生寺の近くある。山号は妙日山。(参考:同名寺院妙蓮寺

歴史

1258年2月14日に父の貫名重忠(妙日)(1172-1258)が亡くなると、日蓮はその墓の傍らに草庵を立てた。これが寺の起源という。『一代聖教大意』はここで書かれたともいう。 1264年、日蓮は父の七回忌に帰郷すると母の梅菊(妙蓮)(1193-1267)が既に息絶えていた。日蓮が十界曼荼羅を霊木に懸け、一心に祈ると母は蘇生したという。 1267年8月15日には母が死去すると、墓を建て、両親の法号から妙日山妙蓮寺と命名したという。 日蓮は晩年身延山思親閣からこの地を遥拝したという。 誕生寺4世日静が隠退してこの地に住み、寺観を整えた。妙蓮の蘇生祈祷の時に曼荼羅本尊を懸けるのに使った霊木から日蓮と両親の像3体を彫り祀ったという。 江戸時代には、誕生寺末寺203寺の末頭だったという。 (寺院ウェブサイトほか)

伽藍

  • 本堂:本尊は十界曼荼羅。1857年の再建。
  • 御廟堂:妙日、妙蓮の墓。二つの石塔が大型の宝塔に納められている。手前に拝殿がある。宝塔には「聖親廟」額がある。拝殿には両親の像を祀る。
  • 感応堂:日蓮と両親の像を祀る御影堂。「一木三体一家和合の御尊像」と称す。日静が彫った像と思われる。「感応」の名は日蓮の祈祷が天に感応して母が蘇生した説話に基づく。
  • 二十三夜堂:本尊は二十三夜尊。妙之浦弁財天も合祀。
  • 稲荷堂:祭神は稲荷神
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