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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

山本坊

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月28日 (日)

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山本坊(やまもとぼう)は、武蔵国入間郡(埼玉県入間郡毛呂山町)西戸にあった修験道本山派の寺院。本山派二十七先達の一つ。廃絶。元は越生の黒山三滝にあったため、移転後も越生山本坊と呼ばれた。

歴史

創建不詳。源頼朝から寺領を与えられたという伝承もあるが、はっきりしない。黒山には黒山熊野神社があり、熊野信仰の広がりの中で建てられたとみられる。 黒山には寺僧の栄円の供養塔とされる1413年銘の宝篋印塔が現存し、室町時代には隆盛していた。 1594年には西戸に移転していた。秩父六十六郷の熊野先達権を持ち、越後や常陸にも勢力を拡大した。1868年の神仏分離で廃絶。 (『日本歴史地名大系』)

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