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広済院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2026年3月6日 (金)
広済院(こうさいいん)は美濃国神坂峠(岐阜県中津川市神坂)にあった最澄ゆかりの布施屋。神坂峠は美濃国と信濃国の国境で、古代東山道最大の難所といわれ、信濃国側の広拯院と共に最澄が建てたという。 延暦寺の飛地境内地となっているらしい。
歴史
- 817年(弘仁8年):東国布教に赴いた最澄は神坂峠の急峻さに驚き、峠の両側に休憩所として布施屋を設けたという。美濃側に置いたのが広済院。
- 1929年(昭和4年):両院跡地の調査。跡地は諸説あるが、現在地としたらしい(跡地は細野薬師堂という説もある)。その後、天台宗延暦寺派信越教区内に「宗祖大師遺跡顕彰会」を設立。
- 1938年(昭和13年)4月:石碑建立が計画されたものの停滞。
- 1958年(昭和33年)11月25日:霧ケ原に「傳教大師廣濟院遺趾顕彰碑」建立。信越教区が開宗1150年記念事業として奔走して実現した。
- 1978年(昭和53年):延暦寺の経営ではないが、延暦寺の名を冠した天台宗系の老人ホーム延暦寺広済寮が設立された。広済寮には最澄像がある。
- 2009年(平成21年):天台宗延暦寺派が石碑周辺の土地を購入。開宗1200年記念事業。
- 2019年(令和元年)1月:広済寮が岐阜県中津川市落合に移転。
- 2020年(令和2年)9月:宗派が堂宇建立を認可。
- 2025年(令和7年)12月4日:地鎮式。
- 2026年(令和8年)6月4日:竣工予定。