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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

延暦寺定心院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月11日 (金)

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延暦寺定心院は、滋賀県大津市の比叡山延暦寺にあった天台宗寺院。本尊は釈迦十一面観音金剛蔵菩薩最澄が構想した九院の一つ。廃絶。現在の延暦寺書院のあたりにあった。最澄の前に山王大宮権現が初めて出現した地ともいう。

歴史

最澄の生前には実現されず、仁明天皇御願寺として円仁が創建した。時期は838年(承和5年)から846年(承和13年)の間という。 本堂、軒廊、鐘堂、夏堂、経蔵、僧房、方丈宝蔵、大衆屋などがあった。梵天帝釈天四天王文殊菩薩も祀っていた。

山王大宮権現が初めて出現した地に鎮守山王社が祀られ、1649年(慶安2年)日増院珍海が再興。現在は書院の玄関西側にある。 (日本歴史地名大系)

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