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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

本成寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年9月3日 (火)

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本成寺(ほんじょうじ)は、新潟県三条市西本成寺にある日蓮宗本山寺院。本尊は十界大曼荼羅日陣門流の拠点。法華宗陣門流の総本山。江戸・本妙寺が本成寺末の江戸触頭を務めた。初名は青蓮華寺。宝塔院と号す。山号は長久山。(参考:同名本成寺_(同名)

目次

歴史

由来

1297年(永仁5年)、日印が越後国蒲原郡大面荘薄曾根が創建。青蓮華寺と称した。 翌年浄妙尼の寄進で本尊釈迦如来と四菩薩を造立した。1313年(正和2年)、鎌倉に赴いた日印は師の日朗を初代にむかえ、本成寺と改称した。1328年(嘉暦3年)日印は新津市妙蓮寺で死去。その前年に「本成寺置文」を記し、本成寺を「本門三大秘法の根本道場」とし「門家の棟梁」とした。

日陣門流の拠点へ

1397年(応永4年)、日陣が同門の本国寺日伝と論争し、勝劣義を説いて分裂。日陣は京都には本禅寺を創建して京都での拠点とした。

天文法華の乱の後、後奈良天皇の勅願寺となった。戦国時代には上杉氏・長尾氏に付いた。1444年(文安1年)、上杉房朝から安堵状を得た。1510年(永正7年)、永正の乱に助成した返礼として長尾為景から寺領を寄進。1551年(天文20年)火災。 上行寺を中心する楡原衆を配下に置いた。

近世

1600年(慶長5年)、新発田藩主溝口秀勝から寺領300石寄進。 1638年(寛永15年)、200石追加。 1648年(慶安1年)7月、徳川家光から300石は朱印領と認められた。 1669年(寛文9年)、本圀寺から末寺だと訴えられたが事なきを得た。 1671年(寛文11年)、触頭の檀家であった久世広之の働きかけで本成寺村の周囲に堤を建造。 1828年(文政11年)三条地震で被災。 1858年(安政5年)には末寺29国216寺があった。

近代

1876年(明治9年)、日蓮宗本成寺派と称す。1898年(明治31年)法華宗と称す。 1893年(明治26年)本堂と庫裏を焼失したが1913年(大正2年)再建。


伽藍

  • 本堂:
  • 三門:1786年(天明6年)再建。
  • 千仏堂:1813年(文化10年)建立。六角形。
  • 二重塔:「多宝塔」とも。明和年間の再建。
  • 番神堂:

子院

  • 一乗院:
  • 久成院:
  • 顕性院:
  • 持経院:
  • 寿妙院:
  • 静明院:
  • 青蓮華院:
  • 本高院:
  • 本照院:
  • 要住院:
  • 蓮如院:
  • 円珠院:1705年(宝永2年)まで寺領の代官職にあった。

組織

住職

世数 法諱 所化名 生没年 在職年 略歴
1 日朗 大国阿闍梨 1244-1320 1320年(元応2年)死去。77歳。
2 日印 摩訶一阿闍梨 1264-1328 1328年(嘉暦3年)死去。65歳。
日静 1298-1369 六条門流の祖。日印から京都本勝寺と越後本成寺を継承。本勝寺を興して本圀寺を創建。本成寺を日陣に、本圀寺を日伝に与えたという。
3 日陣 門一阿闍梨・円光房 1339-1419 日陣門流の祖。墓所は京都鳥辺山。
4 日存 南陽坊 1375-1447 1447年(文安4年)死去。73歳。
5 日顕 大蔵公 1409-1478 1478年(文明10年)死去。70歳。
6 日誓 月扇坊 1431-1483 1483年(文明15年)死去。53歳。
7 日将 筑後阿闍梨・菊量坊 1452-1495 1495年(明応4年)死去。44歳。
8 日現 侍従阿闍梨 1459-1514 1514年(永正11年)死去。56歳。
9 日覚 菩提心院・題目坊 1486-1550 隠居所菩提心院は越中・妙法寺の前身。1550年(天文19年)死去。65歳。
10 日意 侍従阿闍梨 1504-1558 1558年(永禄1年)死去。55歳。
11 日扇 法性坊 1535-1575 1575年(天正3年)死去。41歳。
12 日芸 能登阿闍梨 1530-1600 1600年(慶長5年)死去。71歳。
13 日教 静明院 智雄 生没年不詳 没年不詳。57歳。
14 日伴 本国坊・弘行院 1555-1615 1615年(元和1年)死去。61歳。
15 日厳 意礼 1571-1633 1633年(寛永10年)死去。63歳。
16 日柔 静明院 哲星 1588-1646 1646年(正保3年)死去。59歳。
17 日俊 積善院 含〓 1608-1673 1673年(延宝1年)死去。66歳。
18 日延 信了院 1633-1702 1702年(元禄15年)死去。70歳。
19 日観 国慈院 由性 1635-1721 1721年(享保6年)死去。87歳。
20 日海 信具院 義普 1636-1705 1705年(宝永2年)死去。70歳。
21 日長 普門院 ?-1705 1705年(宝永2年)死去。
22 日堯 伝正院 顕理 1666-1732 1732年(享保17年)死去。67歳。
23 日宥 恵常院 恵〓 1674-1732 1732年(享保17年)死去。59歳。
24 日体 静照院 通全 1677-1754 1754年(宝暦4年)死去。78歳。
25 日珖 妙本院 1684-1764 1764年(明和1年)死去。81歳。
26 日饒 本寿院 周陳 1691-1775 1775年(安永4年)死去。85歳。
27 日叙 心鏡院 秀山 1701-1758 1758年(宝暦8年)死去。58歳。
28 日修 慈具院 1712-1780 1780年(安永9年)死去。69歳。
29 日叡 事観院 1712-1776 1776年(安永5年)死去。65歳。
30 日廊 範示院 1708-1784 1784年(天明4年)死去。77歳。『望月仏教大辞典』に「日廊」とあるが『日蓮宗大年表』に「日随」とある。
31 日随 本妙院 三如 1715-1784 1784年(天明4年)死去。70歳。
32 日輝 覚前院 1713-1788 1788年(天明8年)死去。76歳。
33 日普 妙義院 高圭 ?-1796 1796年(寛政8年)死去。
34 日運 妙玄院 是運 1723-1792 1792年(寛政4年)死去。70歳。
35 日承 寂照院 1728-1795 1795年(寛政7年)死去。68歳。
36 日聞 求法院 課了 1730-1804 1804年(文化1年)死去。75歳。
37 日護 逢見院 好海 1744-1816 1816年(文化13年)死去。73歳。
38 日齢 寿海院 1754-1809 1809年(文化6年)死去。56歳。
39 日安 冬〓院 舜〓 1755-1810 1810年(文化7年)死去。56歳。
日精 生没年不詳 『日蓮宗大年表』になし。
40 日隣 泰信院 1757-1819 1819年(文政2年)死去。63歳。
41 日潤 法爾院 慧道 1770-1831 1831年(天保2年)死去。62歳。
42 日堂 本修院 生没年不詳 没年不詳。80歳。
43 日壇 妙袋院 寛淳 1784-1847 1847年(弘化4年)死去。64歳。日檀。
44 日唯 題行院 順察 1772-1835 1835年(天保6年)死去。64歳。
45 日念 普及院 尊栄 1774-1845 1845年(弘化2年)死去。72歳。
46 日暢 唱玄院 順養 1775-1848 1848年(嘉永1年)死去。74歳。「日応」とも?
47 日融 智常院 郭栄 1789-1845 1845年(弘化2年)死去。57歳。
48 日円 冥妙院 礼山 1791-1866 1866年(慶応2年)死去。76歳。
49 日融 智常院 1776-1845 1845年(弘化2年)死去。70歳。
50 日明 神力院 神英 1791-1861 1861年(文久1年)死去。71歳。
日宗 生没年不詳 『日蓮宗大年表』になし。
51 生没年不詳 『日蓮宗大年表』で空白
52 日守 流通院 法〓 1800-1860 1860年(万延1年)死去。61歳。
諸橋日躬 祇奉院 随晁・憲昭 生没年不詳 1860-1865 『日蓮宗大年表』になし。52世とも。1810年(文化7年)生。越後出身。直江兼続の末裔という。1860年(万延1年)本成寺貫首。1865年(慶応1年)引退。1879年(明治12年)死去。
53 石井日韶 境妙院 専常 1811-1874 1865-1870 上総国出身。1811年(文化8年)生。豊顕寺26世。檀林伴頭93世。檀林本院91世。1865年(慶応1年)本成寺貫首。1870年(明治3年)引退。1874年(明治7年)死去。
54 羽佐田日純 取要院 栄全 1820-1871 1870-1871 尾張国出身。1820年(文政3年)生。三沢檀林で学ぶ。1861年(文久1年)江戸本妙寺28世。1864年(元治1年)檀林伴頭98世。1865年(慶応1年)檀林本院96世。1870年(明治3年)8月、本成寺貫首。1871年(明治4年)死去。52歳。
55 顕日琳 聖種院 点衣 1823-1905 1872-1875 遠江国出身。1823年(文政6年)生。三沢檀林に学ぶ。1863年(文久3年)江戸長応寺26世。1865年(慶応1年)檀林伴頭99世。1867年(慶応3年)檀林本院97世1872年(明治5年)7月22日、本成寺貫首。1873年(明治6年)日蓮宗管長。1874年(明治7年)日蓮宗勝劣派初代管長。新潟県中教院の設置に尽力。1875年(明治8年)12月引退。小田原本応寺に隠棲。1905年(明治38年)死去。83歳。
田中日輔 有道院 亮岑 1826-1898 1873-1875 (『日蓮宗大年表』になし)越中国出身。1826年(文政9年)生。三沢檀林で学ぶ。1867年(慶応3年)9月、檀林伴頭100世。1868年(明治1年)8月、檀林本院98世。1873年(明治6年)10月、本成寺「後五十五世」。1875年(明治8年)7月、引退。1898年(明治31年)死去。
56 直江日讃 恭敬院 融玄・幽玄 1827-1891 1876-1880 越後国出身。1827年(文政10年)生。直江兼続の末裔という。1868年(明治1年)三沢檀林に学ぶ。越中本法寺30世。1869年(明治2年)9月、檀林伴頭102世。1870年(明治3年)9月、檀林本院100世。1871年(明治4年)の合寺令で一時廃止となった本法寺の復興に尽力。1873年(明治6年)管長代理として北陸東北を巡教。1875年(明治8年)11月本法寺退任。1876年(明治9年)1月、本成寺貫首。1880年(明治13年)9月退任。本久寺に隠居。1891年(明治24年)死去。65歳。
57 松本日軌 秘妙院 祐晃・慶存 1826-1884 1884年(明治17年)死去。59歳。
58 忍日健 忍力院 国達 1827-1898 1898年(明治31年)死去。72歳。
59 野秋日演 大法院 祐岳 1829-1904 1904年(明治37年)死去。76歳。
60 佐藤日舜 境遠院 智明 1833-1903 1903年(明治36年)死去。71歳。
61 内山日惟 擁護院 文尚 1836-1914 1914年(大正3年)死去。79歳。神保日惟。法華宗初代管長。
62 古谷日新 行法院 舜麗 1847-1927 1927年(昭和2年)死去。81歳。
63 三寄日境 観慧院 住忍 1852-1922 1922年(大正11年)死去。71歳。
64 沢日遠 随順院 思孝 1872-1931 1931年(昭和6年)死去。60歳。
65 田辺日諭 領解院 宏遠 1855-1917 1917年(大正6年)死去。63歳。
66 藤平日学 本種院 舜栄 1863-1931 1931年(昭和6年)死去。69歳。
67 津田日彰 安住院 栄妙 1867-1924 尾張国出身。1867年(慶応3年)生。三沢檀林で学ぶ。1892年(明治25年)群馬養行寺住職。1900年(明治33年)江戸本妙寺34世。1903年(明治36年)12月、檀林伴頭124世。1905年(明治38年)6月、檀林本院121世。1913年(大正2年)長福寺33世。1921年(大正10年)本成寺貫首。1924年(大正13年)死去。58歳。
68 小松日期 恵照院 法順 1867-1944 三河国出身。1867年(慶応3年)生。1924年(大正13年)7月、本成寺貫首。1928年(昭和3年)退任。1944年(昭和19年)死去。77歳。
69 山本日聡 練行院 是好 1852-1931 1931年(昭和6年)死去。80歳。
70 岡田日淳 要義院 憲瑞 1876-1960 1930-1935
71 横山日雲 信行院 境忍 1858-1948 1935-1940
72 田辺日孝 冥応院 感善 1875-1943 1940-1943
73 田辺日浄 微妙院 成清 1875-1945 1943-1945 蓮着寺を再興。本法寺35世。
74 榎本日理 境智院 浄円 1880-1957 1945-1950 本禅寺39世。
75 水本日玄 本実院 卓堂 1888-1970 1950-1959 合同法華宗宗務総監。鷲津本興寺42世。
76 山岸日勢 威猛院 観英 1893-1967 1959-1964
77 荒井日幹 本学院 真行 1895- 1964-1970
78 中沢日襄 賢忍 1895- 1970-1974
79 山口日透 真澄院 完考 1893-1975 1974-1975 本禅寺43世。
80 猪熊日祥 行学院 留観 1898- 1975-
81 田辺日伸 信行・顕明 1906- 1967年(昭和42年)宗務総長。
82 野口日騰  -1989-
83 水本日隠 1917-1990 ?-1990 1990年(平成2年)9月1日死去。
84
85 竹嶋日香 法光寺住職。
86 鈴木日艸 湖西市本興寺住職。
87 椿沢日寿 2005-2010 2005年(平成17年)就任。2010年(平成22年)退任。
88 石丸日然 1934- 2011-2015 静岡県湖西市出身。1934年(昭和9年)生。東洋大学文学部仏教学科卒。1971年(昭和46年)酒田妙法寺真量院住職。2011年(平成23年)就任。任期満了で2015年(平成27年)退任。
89 門谷日悠 1949- 2015- 1949年(昭和24年)生。龍谷大学文学部仏教学科卒。立正大学大学院仏教学専攻修士課程修了。法華宗学林研究科卒。本禅寺円龍院、楡原上行寺、別院本妙寺を歴任。法華宗学林教授、宗務院教化部長、教学部長を歴任。2015年(平成27年)就任。

(『望月仏教大辞典』、『日蓮宗年表』「諸大本山歴世表」[1]、『明治大正昭和日蓮門下仏家人名辞典』)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9C%AC%E6%88%90%E5%AF%BA」より作成

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