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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

東海寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月1日 (月)

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東海寺(とうかいじ)は、東京都品川区北品川にある臨済宗寺院。大徳寺末の江戸触頭だった。本尊は釈迦如来臨済宗大徳寺派。山号は万松山。 境外に東海寺大山墓地がある。

歴史

1638年、将軍徳川家光が沢庵を開山として創建。沢庵は紫衣事件で処分されたが、既に恩赦を受け赦免されていた。 翌年、沢庵は入寺。同年、500石が寄進された。1694年火災で焼失。それまでなかった仏殿を含む大伽藍を造営。 朝鮮通信使の宿所に3回使われた。

住職は1645年に沢庵が死んだ後、3年間は無住だったが、 1648年、幕府は大徳寺北派五門流の僧侶による輪番と定めた。任期は2年、のち1年。 1689年、一時独住制となったが、再び輪番制となる。 1869年、品川県が設置され、その県庁が東海寺に置かれることになり、境内の多くが召し上げられたようだ。 県庁自体は建てられることなく、1871年、廃藩置県で品川県は廃止されたが、旧境内は官有地となった部分が多い。 (『日本歴史地名大系』ほか)

伽藍

  • 清徳寺:塔頭ではないが、東海寺創建以前からあり、沢庵の宿所だったためそのまま残された。
  • 品川神社:近世には品川稲荷社などと呼ばれ、東海寺鎮守とされた。
  • 東海寺大山墓地
  • 板垣退助墓:品川神社裏。
  • 渋川景佑墓:
  • 渋川敬尹墓:
  • 渋川敬直墓:
  • 半井卜養墓:
  • 林正明墓:
  • 細川重賢墓:

塔頭

  • 臨川院:のち玄性院。1639年老中堀田正盛が創建。現在の東海寺。
  • 長松院:酒井忠勝が創建。
  • 妙解院:細川光尚が創建。
  • 雲龍院:
  • 春雨庵:単立春雨寺として現存。
  • 清光院:
  • 桂昌院:のち定恵院。
  • 慈雲庵:
  • 少林院:
  • 勝幢院:のち師聖院。
  • 法雲庵:
  • 琳光院:
  • 真珠院:
  • 高源院:
  • 瑞泉院:
  • 泰定院:
  • 白雲庵:
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E5%AF%BA」より作成

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