ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

法伝寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月19日 (月)

移動: 案内, 検索
「戊辰東軍戦死之碑」

法伝寺(ほうでんじ)は、京都府京都市伏見区鳥羽中三町にある浄土宗寺院。本尊は薬師如来か。鳥羽伏見の戦いの戦跡とされる。浄土宗知恩院派。薬師院。山号は瑞華山。

歴史

726年(神亀3年)聖武天皇の勅願で行基が創建したと伝え、薬師如来を祭り、法田寺と称したという。薬師如来はのちに鳥羽離宮に祀られて法伝寺に伝わったともいう。 「木魚念仏最初の地」というが不詳。元は真言宗だったが知恩院11世の円智(?-1357)が浄土宗に改宗した。 1729年(享保14年)捨世派の不退円説が住して日課念仏を行った。 戊辰戦争の旧幕府軍の弔いや負傷者の手当てを行ったという。 1897年(明治30年)に「戊辰東軍戦死之碑」が建立された。

近くの悲願寺にあった戊辰戦争戦没者の石碑も移設されている。 (現地解説版、『日本歴史地名大系』ほか)


http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%B3%95%E4%BC%9D%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール