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清朝皇室

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年9月19日 (水)

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清朝皇室。姓は愛新覚羅。

歴代

代数 皇帝 生没年 在位年 諡号 廟号 略歴 陵墓
1 ヌルハチ
(奴児哈赤)
1559-1626 1616-1626 武皇帝
高皇帝
太祖 女真族を統一。1616年、大金国(後金)を建てハン位に即位。八旗制度を制定。のち諡号を武皇帝から高皇帝に改称。
2 ホンタイジ 1592-1643 1626-1643 文皇帝 太宗 ヌルハチの第八皇子。1626年ハンに即位。1636年改めて皇帝に即位し、国号を「大清」とした。内モンゴルを平定。朝鮮を服属させた。
3 順治帝 1638-1661 1643-1661 福臨 章皇帝 世祖 ホンタイジの第九皇子。1644年、北京を攻略して明朝を倒して瀋陽から遷都。中国の皇帝となり、清朝の基礎を築いた。明朝の制度をほぼ踏襲した。
4 康煕帝 1654-1722 1661-1722 玄燁 仁皇帝 聖祖 順治帝の第三皇子。朱子学を好んだ。外モンゴル、チベットを占領した。
5 雍正帝 1678-1735 1723-1735 胤禛 憲皇帝 世宗 康煕帝の第四皇子。
6 乾隆帝 1711-1799 1735-1795 弘暦 純皇帝 高宗 雍正帝の第四皇子。東トルキスタン全土を征服。シャム、ベトナム、ビルマを朝貢国とした。チベット仏教を重視する一方、満洲語の振興を図った。譲位後も太上皇帝として実権を握った。
7 嘉慶帝 1760-1820 1796-1820 〓〓 睿皇帝 仁宗 乾隆帝の第十五皇子。白蓮教徒の乱、艇盗の乱、天理教の乱に対処。
8 道光帝 1782-1850 1820-1850 旻寧 成皇帝 宣宗 嘉慶帝の第二皇子。1840年アヘン戦争でイギリスに敗北。
9 咸豊帝 1831-1861 1850-1861 奕〓 顕皇帝 文宗 道光帝の第四皇子。太平天国の乱に対処。アロー戦争で英仏が北京を占領。皇帝は熱河に逃れた。またロシアに沿海州を占領された。このような状況で妃の西太后(1835-1908)が次第に実権を握った。
10 同治帝 1856-1875 1861-1875 載淳 毅皇帝 穆宗 咸豊帝の皇子。母は西太后。西太后が実権を握った。皇嗣がなく崩御。
11 光緒帝 1871-1908 1875-1908 載〓 景皇帝 徳宗 道光帝の皇孫。西太后の甥。父は醇親王奕〓。伯母の西太后を後ろ盾として即位。在位中、西太后が権勢を振るい、実権を握ることなく崩御。
12 宣統帝 1906-1967 1908-1911 浩然 愛新覚羅溥儀。光緒帝の甥。父は醇親王載〓。西太后の意思で即位。辛亥革命で退位した後も新政府が認めた特権で、大清皇帝の尊号を保持し、1924年まで紫禁城に住んだ。のち満洲国皇帝。
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