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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

真言院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年1月20日 (日)

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後七日御修法が行われている宮中真言院。年中行事絵巻写本(部分)

真言院(しんごんいん)は、平安京平安宮にあった密教道場。内道場後七日御修法の道場だった。廃絶。宮中真言院。 (参考:同名寺院真言院_(同名)

目次

歴史

後七日御修法・真言院平面図(行事秘抄)
後七日御修法・真言院平面図(覚禅抄)

空海が後七日御修法の道場として創建。唐の内道場にならって設けたという。834年(承和1年)12月、勅許を得て翌835年(承和2年)1月8日に初めて御修法を行った。勘解由使庁を改造して密教道場とした。1353年(正平8年/文和2年)に廃滅。以後、後七日御修法は紫宸殿を道場とした。

後七日御修法以外にも孔雀経法など様々な法会が行われたらしい。 毎月晦日には「御念誦」が行われた。

御念誦

晦日御念誦。大の月には28日、29日、30日の3カ日に修す 小の月には27日、28日、30日の3カ日に修す。 (『御修法の起源及沿革』)

資料

真言院の位置(皇城大内裏地図・部分・加工)
伝空海筆・真言院扁額(『集古十種』より)
真言院図(部分)(『故実叢書』より)
真言院図(『故実叢書』より)

文献

  • 鶴浩一「平安時代の宮中真言院について」[1]
  • 平岡定海「宮中真言院の成立について」
  • 藤井恵介「真言密教における修法灌頂空間の成立」密教大系11
http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%9C%9F%E8%A8%80%E9%99%A2」より作成

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