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神代並神武天皇聖蹟

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年11月24日 (木)

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神代並神武天皇聖蹟は紀元2600年記念事業として鹿児島県が指定した神代三代神武天皇に関する旧跡。文部省が行った神武天皇聖蹟事業に反発したもの。

目次

歴史

  • 1939年6月:紀元2600年鹿児島県奉祝会、設立(鹿児島市史年表)
  • 1939年8月:霧島神宮から神籬祭場に至る道路拡張竣工
  • 1939年9月:天孫降臨神籬斎場を整備。
  • 1940年2月11日:天孫降臨神籬祭場で紀元2600年紀元節奉祝天孫降臨祭臨時祭
  • 1940年4/2:奉祝歌発表
  • 1940年11/23:鹿児島市鴨池で奉仕式典。奉祝体育大会
  • 1940年12/3:照国神社で奉祝古武道大会
  • 霧島神宮の隣接地に霧島道場を竣工。講堂、遥拝殿、禊所、寮舎など。
  • 1940年11月10日:鹿児島県、神代聖蹟を県史跡に指定。
  • 1940年11月29日:鹿児島県、神武天皇聖蹟を県史跡に指定。

一覧

  • 1943『鹿児島県史別巻』[1]より。
  • 全て鹿児島県指定史跡だった。(リストにない2カ所は脱逸か)

神代聖蹟


神武天皇聖蹟

資料

紀元2600年鹿児島県奉祝会発行史料

  • 1939『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料1県史神代編』[2]
  • 1939『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料2肇国の御聖蹟』:長沼賢海著。
  • 1939『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料3官幣大社霧島神宮』[3]:霧島神宮編
  • 1939『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料4官幣大社鹿児島神宮』[4]
  • 1939『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料5神代三山陵に就いて』[5]:池田俊彦著
  • 1940『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料6肇国の聖地鹿児島県』[6]
  • 1940『神代並神武天皇聖蹟顕彰資料7神武天皇聖蹟考』:安田尚義著
  • 1939『神武天皇聖蹟高千穂宮に関する研究』[7](デジコレ限定送信)
  • 1939『神武天皇聖蹟御降誕地御発航地に関する研究』[8](デジコレ限定送信)
  • 1939『鹿児島神社旧記写』
  • 1940『奉祝記念事業経過概要』
  • 1941『紀元二千六百年鹿児島県奉祝会記念写真帖』[9]

鹿児島県発行史料

  • 1941『神代並ニ神武天皇聖蹟』:指定告示、神代聖蹟指定地、神武天皇聖蹟指定地、聖蹟指定経過。鹿児島県立図書館蔵。
  • 1943『鹿児島県史別巻』[10]

その他史料

  • 『紀元二千六百年祝典記録10』「鹿児島県」[11]
  • 『加世田町神代聖蹟』:鹿児島県立図書館蔵。
  • 『姶良郡地方神武天皇聖蹟調』:鹿児島県立図書館蔵。
  • 東串良町編『神武天皇御聖跡並に神代の肝属平野』:鹿児島県立図書館蔵。
  • 市来嘉之助1941『皇紀二千六百年記念事業神代聖蹟及一般史蹟顕彰』:日置市図書館ふきあげ館蔵。
  • 岩元禧1940『皇祖発祥聖蹟』

文献

  • 窪壮一朗2022『明治維新と神代三陵』
  • 窪壮一朗2019「神武天皇聖蹟を巡る鹿児島と宮崎の争い——なぜ鹿児島には神代三陵が全てあるのか?(追補)」[12]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%A5%9E%E4%BB%A3%E4%B8%A6%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87%E8%81%96%E8%B9%9F」より作成

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