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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

蒼柴神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年11月25日 (日)

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蒼柴神社(あおし・じんじゃ)は新潟県長岡市悠久町にある長岡藩主3代牧野忠辰などを祀る霊社。主祭神は牧野忠辰命(1665-1722)と八重事代主命で、天照大神白山比咩神を合祀する。領主奉斎神社県社悠久山招魂社は戊辰戦争の賊軍戦没者を祀る。東京から移転した牧野家悠久山墓地もある。

歴史

牧野忠辰は1722年(享保7年)死去。池上本門寺に埋葬された。養子の牧野忠寿は長岡城内の北東隅に社を建てて牧野忠辰を祀り、事代主命を配した。同年、吉田家から「蒼柴霊神」号を授けられた。1733年(享保18年)、「蒼柴大明神」となる。 牧野忠精が現在地に新たな鎮座地とし起工。1781年(天明1年)に竣工して遷座した。(境内由緒書、日本歴史地名大系)

1930年(昭和5年)1月、県社列格(神道史大辞典)。

境内

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%92%BC%E6%9F%B4%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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