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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

吉田家

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年12月7日 (土)

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吉田家吉田神道を司り、神祇管領長上を名乗って全国の神職に免状を発行した家。卜部氏。のち華族となり子爵となる。

目次

歴史

歴代

吉田家

子爵。

歴代 名前 神号 生没年 略歴
1 吉田兼直 神献霊神 冷泉殿。墓は知恩院にあったが江戸時代中期には現存せず(『霊簿』)。
2 吉田兼藤 神白霊神 墓は知恩院にあったとみられる。
3 吉田兼益 神威霊神 墓は知恩院にあったとみられる。
4 吉田兼夏 神貞霊神 墓は知恩院にあったが江戸時代中期には現存せず(『霊簿』)。
5 吉田兼豊 神恭霊神 墓の石塔は蓮台野にあったが昭和初期に大徳寺黄梅院に移転
6 吉田兼熙 神光霊神、神光明神 1348-1402 1402年(応永9年)5月3日死去。59歳。兼〓。墓は蓮台野に建てられた。知恩院に移すことが計画され、宝篋印塔を建てたが中止となった。位牌所の吉田・神光院神光霊社が建てられていた。

1779年の時点では存続していた。霊社の下に遺骸があったという記述があるが確実ではない。

7 吉田兼敦 神烈霊神 1368-1408 1408年(応永15年)6月21日死去。41歳。
8 吉田兼富 神度霊神
9 吉田兼名 神恩霊神 ?-1460 1460年(寛正1年)10月28日死去。別邸を菩提寺として神恩院とした。
10 吉田兼倶 神龍大明神 1435-1511 1511年(永正8年)2月19日死去。神龍神社
11 吉田兼致 神類霊神 1458-1499 1499年(明応8年)7月24日死去。42歳。神龍神社のそばに神類霊社が建てられた。
12 吉田兼満 後神龍霊神 1485-1528 1528年(享禄1年)11月3日死去。44歳。神龍神社のそばに後神龍霊社が建てられた。
13 吉田兼右 唯神霊神 1516-1573 1573年(天正1年)1月10日死去。58歳。新長谷寺の中に唯神霊社が建てられた。死後間もなく創建。33回忌の1604年に社殿造営。1621年屋根修復。
14 吉田兼見 豊神霊神 1535-1610 1610年(慶長15年)9月2日死去。76歳。唯神霊社のそばに豊神霊社が建てられた。
15 吉田兼治 随神霊神 1565-1616 1616年(元和2年)6月5日死去。52歳。
16 吉田兼英 通神霊神 1595-1671 1671年(寛文11年)11月20日死去。77歳。
17 吉田兼起 泰神霊神 1618-1657 1657年(明暦3年)4月7日死去。40歳。
18 吉田兼敬
(吉田兼連)
妙応霊神 1653-1731 1731年(享保16年)12月17日死去。79歳。
19 吉田兼章 神性霊神 1678-1709 1709年(宝永6年)12月25日死去。32歳。
20 吉田良延
(吉田兼雄)
恵源霊神 1705-1787 1787年(天明7年)8月20日死去。83歳。吉田家邸内に墓を築き恵源霊社が建てられた。戦後、邸跡の売却のため発掘すると、土葬の遺骨と「吉田二位良延卿」と書かれた銅板が出土した。吉田家墓地に改葬された。専源霊神とも。
21 吉田良倶
(吉田兼隆)
後豊神霊神 1739-1796 1796年(寛政8年)2月22日死去。58歳。
22 吉田良連
(吉田兼業)
神源霊神 1762-1813 1813年(文化10年)6月12日死去。52歳。
23 吉田良長 神寛霊神 1792-1840 1840年(天保11年)11月26日死去。49歳。
24 吉田良煕 ?-1873 神祇権大副。1873年(明治6年)4月死去。
25 吉田良義 1837-1890 1867年(慶応3年)8月、神祇権大副。1868年(明治1年)2月、参与・神祇事務局輔。10月皇学所御用掛。宮内省掌典。1879年(明治12年)吉田神社宮司。1884年(明治17年)日枝神社宮司。子爵。1890年(明治23年)3月4日死去(官報)。(『神道人名辞典』など)
26 吉田良正 1886- 1886年(明治19年)1月生
27 吉田良兼 1911- 1911年(明治44年)10月生。

萩原家歴代

家禄1000石。子爵。

歴代 名前 神号 生没年 略歴
1 萩原兼従 神海霊社 1588-1660 吉田兼治の長男。家督を弟に譲り、豊国神社神職となる。神海霊社。神海院殿卵従大居士。吉田神社に墳墓が築かれ神海霊社が建てられた。 従五位下。
2 萩原員従 養子。富小路頼直の男。正三位。藤原姓に改姓。
3 萩原兼澄 養子。従四位下。
4 萩原兼武 従二位。卜部姓に改姓。
5 萩原兼領(萩原員領) 正二位。
6 萩原兼幹(萩原員幹)
7 萩原従言 養子。従二位。
8 萩原員維 ?-1865 養子。1865年(慶応1年)2月死去。正二位。
9 萩原員光 1864-1902 豊国神社宮司。子爵。1864年(元治1年)1月生。1884年(明治17年)7月子爵。1902年(明治35年)7月死去。従二位。権中教正。
10 萩原員種 1850- 1850年(嘉永3年)3月生。1902年(明治35年)7月継承。従四位。

錦織家歴代

子爵。

歴代 名前 神号 生没年 略歴
1 錦織従久 1697-1755 萩原員従の次男。従二位。弾正大弼。
2 錦織従房 従四位上。萩原兼武の子。
3 錦織従縄 従四位上。中務少輔
4 錦織従平 正五位下。刑部大輔
5 錦織久雄 ?-1850 正二位。1850年(嘉永3年)7月死去。治部卿。
6 錦織久隆 1820-1882 正三位。1820年(文政3年)9月生。廷臣八十八卿列参事件に加わる。1882年(明治15年)6月死去。刑部卿。
7 錦織教久 1850-1907 従四位。1850年(嘉永3年)5月生。宮中祗候。1907年(明治40年)12月死去。中務大輔。
8 錦織栄久 1879-1915 1879年(明治12年)11月生。1915年(大正4年)7月死去。
9 錦織保親 1906- 中山孝麿七男。1906年(明治39年)7月生。従五位。

吉田家旧跡

  • 吉田家関東役所


参考文献

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%AE%B6」より作成

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