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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

蓮華心院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年11月9日 (土)

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蓮華心院(れんげしんいん)は、京都府京都市右京区常盤古御所町にあった真言宗寺院。仁和寺院家寺院。暲子内親王(八条院、八条女院、1137-1211)の御願寺仁和寺の子院。仁和寺関連旧跡。 跡地付近に暲子内親王墓が現存。

歴史

八条女院の離宮「常盤殿」(常葉殿)が前身。八条女院は鳥羽天皇皇女で1157年に出家して金剛観(金剛性・金剛覚とも)と称した。1161年、二条天皇准母とされ、皇后以外で初めて院号を授かった。 常盤殿を寄進し、1174年2月23日、後白河法皇が御幸して仁和寺の守覚法親王を導師として落慶法要を営んだ(吉記、百錬抄、玉葉)。九条兼実が額に揮毫した。「八条院仁和寺御堂」とも呼ばれた。 八条女院は1211年6月25日、蓮華心院で死去。翌日、境内に埋葬され、翌年6月に宝塔が建てられた。 蓮華心院領は八条院領を構成する荘園の一つとなった。 蓮華心院は廃絶した。仁和寺真光院の近くか。

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