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長講堂

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年8月1日 (日)

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長講堂

長講堂(ちょうこうどう)は、京都府京都市下京区本塩竈町にある皇室ゆかりの浄土宗寺院。元は後白河法皇六条西洞院殿に付属した仏堂。西山浄土宗。本来は長講堂は法華長講弥陀三昧堂の略で、法華長講会と念仏三昧をともに行う仏堂の一般名称。

歴史

長講堂(国土地理院空中写真より)

平安京六条の地は源頼義が建立したみのわ堂若宮八幡宮などがあり、源氏が拠点とした地であった。 一方、元々後白河法皇が御所としていた法住寺殿七条殿にも長講堂は1177年(治承1年)4月に既に建てられていた。

法住寺殿が1183年(寿永2年)木曽義仲の焼き討ちで焼失した後、法皇は六条西洞院殿に移り、法住寺殿には戻らなかった。これは法皇が法住寺殿があった平氏の拠点を離れ、源氏勢力の支援を求めたことが背景にあるという。

長講堂は1184年(元暦1年)から1185年(文治1年)ごろに創建された。その直後1188年(文治4年)4月、六条殿の火災で焼失するが同年末に鎌倉幕府の支援で再建された。1191年(建久2年)10月には後白河院領が寄進され、長講堂領が成立した。1208年(承元2年)、1273年(文永10年)、若宮八幡宮とともに焼失と再建を繰り返している。

一方、1191年(建久2年)に再建された法住寺殿七条殿にも長講堂が建立されたが、蓮華王院付属の阿弥陀堂とみなされた。のち土御門殿にも新長講堂が建立された。


参考文献

  • 山田邦和 2006「後白河天皇陵と法住寺殿」『院政期の内裏・大内裏と院御所』文理閣
  • 「長講堂」『古事類苑』[1]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%95%B7%E8%AC%9B%E5%A0%82」より作成

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