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肥前・誕生院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年11月23日 (水)
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2022年11月23日 (水) 時点における最新版
誕生院(たんじょういん)は、佐賀県鹿島市納富分にある、覚鑁ゆかりの真言宗寺院。覚鑁の生誕地。新義真言宗系の単立。(参考:同名寺院誕生寺)
歴史
旧誕生院
足利義満の発願で、1405年(応永12年)定成が創建。大伽藍を備えたといわれるが、1558年(永禄1年)、キリシタン大名の大友宗麟の兵火で焼失して廃絶。
近代の復興
1690年(元禄3年)、鹿島藩鍋島家4代の鍋島直条が再興を企てたが実現せず。鍋島直条が編纂した『鹿島志』には能美の深木村に生誕地の伝承があることを記す。同書に蓮厳院が石碑建立を企図したが果たせなかったことも記す。
近代に入り、1913年(大正2年)、最後の藩主だった鍋島直彬(1843-1915)が遺跡の顕彰を計画。1921年(大正10年)に落慶した。 根来寺から錐鑽身代不動明王の尊霊を迎えた。
1934年(昭和9年)、現在の金堂を建立。観心寺本堂を模したという。 覚鑁の胞衣塚、産湯井戸、鬼塚古墳がある。
琴路神社に隣接。
(日本歴史地名大系、寺院ウェブサイト> 琴路神社)