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那古野神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月5日 (水)
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*1876年(明治9年)11月に県社(神道史大辞典) | *1876年(明治9年)11月に県社(神道史大辞典) | ||
*1899年7月:那古野神社と改称。 | *1899年7月:那古野神社と改称。 | ||
2025年11月5日 (水) 時点における最新版
那古野神社(なごや・じんじゃ)は愛知県名古屋市中区丸の内にある牛頭天王信仰の神社。祭神は素盞嗚尊。県社。三の丸天王、郭内天王、亀尾天王社とも呼ばれた。別当は真言宗天王坊だった。天王祭が著名。 名古屋東照宮に隣接。
歴史
- 911年:現在の名古屋城跡三の丸に創建。別当の天王坊(華王院)も同時に創建されたという。南隣には尾張・若宮八幡社があった。
- 1532年2月:織田信秀と今川氏豊と那古野合戦で焼失
- 1539年:再建
- 徳川家康が幼少の頃、別当天王坊に勾留されたことがあるという。
- 1595年:豊臣秀吉、別当天王坊に寺領寄進。
- 1610年:名古屋城築城に際して、徳川家康は那古野神社か若宮八幡社のどちらかを他所に移転させることとし、くじを引いて若宮八幡社を松原町に移転させた。
- 1620年:徳川義直、天王坊の寺領348石を安堵。
- 明治初年:須佐之男社に改称。
- 1870年:天王坊分離
- 1872年:天王坊廃絶
- 1876年(明治9年)10月:現在地に遷座。名古屋藩明倫堂跡地
- 1876年(明治9年)11月に県社(神道史大辞典)
- 1899年7月:那古野神社と改称。
(『日本歴史地名大系』)