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護摩堂原霊神場
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2014年8月24日 (日)
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| - | 赤岩巣橋のたもとにある覚明碑は1850年(嘉永3年) | + | 赤岩巣橋のたもとにある覚明碑は1850年(嘉永3年)7月に[[輪王寺門跡]]から菩薩号が贈られたことを記念して、1859年(安政6年)に黒沢麓講により建てられたもので山内最古の覚明碑である<ref>『三岳村誌 上巻』820および『御嶽の歴史』162</ref><ref>最古の覚明碑は[[大泉寺]]にあるものである。</ref>。「御嶽山勢至覚明大菩薩」とある。 |
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| + | 中里允修(巴講祖、亀翁霊神)が1847年(弘化4年)5月(ママ)に死去し、その遺言により1846年(弘化3年)6月(ママ)に霊神碑をこの地に建立した。これが現在の霊神碑の直接の起源となる<ref>供養碑は以前からあったがのちの霊神碑の原型がここにあり、覚明、普寛以外の行者では最古の碑でもある。</ref><ref>『三岳村誌 上巻』732-733、826</ref>。 | ||
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==脚注== | ==脚注== | ||
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2014年8月24日 (日) 時点における最新版
| 護摩堂原霊神場 ごまどうはら れいじんば | |
| 概要 | 木曽御嶽山四合目にある霊神場。木曽御嶽信仰における最大規模の霊神場。 |
| 所在地 | 長野県木曽郡木曽町 |
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目次 |
概要
護摩堂原霊神場(ごまどうはら れいじんば)は、木曽御嶽山四合目にある霊神場である。霊神場(れいじんば)とは、神となった木曽御嶽信仰の行者を祀る霊神碑が多数建てられた霊場のことである。護摩堂原の地名は、かつて護摩堂(のちの児野護摩堂)が建てられていたことによる。
御嶽山の参道には断続的に霊神場が点在しているが、護摩堂原周辺には特に密集している。どこまでを護摩堂原と呼ぶのかは不明確であるが、仮にここでは赤岩巣橋から松尾滝のあいだを護摩堂原霊神場と呼称することとする。
赤岩巣橋のたもとにある覚明碑は1850年(嘉永3年)7月に輪王寺門跡から菩薩号が贈られたことを記念して、1859年(安政6年)に黒沢麓講により建てられたもので山内最古の覚明碑である[1][2]。「御嶽山勢至覚明大菩薩」とある。
中里允修(巴講祖、亀翁霊神)が1847年(弘化4年)5月(ママ)に死去し、その遺言により1846年(弘化3年)6月(ママ)に霊神碑をこの地に建立した。これが現在の霊神碑の直接の起源となる[3][4]。
構成
霊神場
日出滝
日出滝は日出講が築造した滝場である。 護摩堂原の中ほどに位置する。日出講系の霊神場が固まるエリアの一画にある。
大祓滝
大祓滝はが築造した滝場である。日本橋魚河岸の浦兼吉が1912年(大正1年)より1925年(大正14年)にかけて造営(『御嶽の歴史』97)。 護摩堂原の中ほどに位置する。福寿講の霊神場に隣接する。
松尾滝
松尾滝は松尾講が築造した滝場である。丸山平八郎(松尾講祖、広徳霊神)の命を受けて、矢崎平吉(上田松尾講祖、開作霊神)が文久年間に設置した(『三岳村誌 上巻』834)。 護摩堂原の上方に位置する。百間滝教会が近くにある。
参考文献