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米須霊域
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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糸満市山城にある沖縄戦慰霊碑群とその所在エリアの総称である。戦後最初の沖縄慰霊碑といわれる「魂魄の塔」を中心に12基ほどの慰霊碑が建立されている。隣接して「平和創造の森公園」がある。 | 糸満市山城にある沖縄戦慰霊碑群とその所在エリアの総称である。戦後最初の沖縄慰霊碑といわれる「魂魄の塔」を中心に12基ほどの慰霊碑が建立されている。隣接して「平和創造の森公園」がある。 | ||
1946年(昭和21年)真和志村村長金城和信は散乱する遺骨2万柱を敵味方なく収集し、納骨堂を建立した。同年2月27日、納骨堂に添えて「魂魄の塔」を建立した。3万5000柱の遺骨が納められていたが、1979年(昭和54年)の国立沖縄戦没者墓苑の創建に伴い、同墓苑に分骨改葬された。 | 1946年(昭和21年)真和志村村長金城和信は散乱する遺骨2万柱を敵味方なく収集し、納骨堂を建立した。同年2月27日、納骨堂に添えて「魂魄の塔」を建立した。3万5000柱の遺骨が納められていたが、1979年(昭和54年)の国立沖縄戦没者墓苑の創建に伴い、同墓苑に分骨改葬された。 | ||
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2024年12月2日 (月) 時点における版
米須霊域(こめす・れいいき)は沖縄県糸満市米須・山城にある慰霊施設群。沖縄の大規模慰霊施設も参照。
糸満市山城にある沖縄戦慰霊碑群とその所在エリアの総称である。戦後最初の沖縄慰霊碑といわれる「魂魄の塔」を中心に12基ほどの慰霊碑が建立されている。隣接して「平和創造の森公園」がある。 1946年(昭和21年)真和志村村長金城和信は散乱する遺骨2万柱を敵味方なく収集し、納骨堂を建立した。同年2月27日、納骨堂に添えて「魂魄の塔」を建立した。3万5000柱の遺骨が納められていたが、1979年(昭和54年)の国立沖縄戦没者墓苑の創建に伴い、同墓苑に分骨改葬された。
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