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南林寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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1869年(明治2年)に廃絶。1870年(明治3年)南林寺跡に松原神社が創建された。 | 1869年(明治2年)に廃絶。1870年(明治3年)南林寺跡に松原神社が創建された。 | ||
また南林寺の法灯を継承する寺院として1917年(大正6年)に[[鹿児島・大中寺]]が創建された。 | また南林寺の法灯を継承する寺院として1917年(大正6年)に[[鹿児島・大中寺]]が創建された。 | ||
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+ | 豊州島津家(10代以降)の墓地があったが1919年(大正8年)以降に[[総禅寺]]墓地に改葬された。 | ||
==伽藍== | ==伽藍== |
2020年3月18日 (水) 時点における版
南林寺は鹿児島県鹿児島市松原町にあった島津家ゆかりの曹洞宗寺院。島津貴久の菩提寺。本尊は釈迦如来だが、寺院でありながら島津貴久の霊廟を中心とした伽藍だった。山号は松原山。跡地に薩摩・松原神社、南洲寺などがある。
目次 |
歴史
1557年(弘治3年)、島津貴久が創建した。福昌寺5世心巌良信を勧請開山とし、得翁俊可が初代住職となった。貴久は自らの像を納めて生前菩提寺に定めた。 福昌寺末で、領内の曹洞宗では福昌寺に次ぐ大規模寺院だった。1620年(元和6年)には380石、要用集では406石となる。 1869年(明治2年)に廃絶。1870年(明治3年)南林寺跡に松原神社が創建された。 また南林寺の法灯を継承する寺院として1917年(大正6年)に鹿児島・大中寺が創建された。
豊州島津家(10代以降)の墓地があったが1919年(大正8年)以降に総禅寺墓地に改葬された。
伽藍
- 御影殿:島津貴久の霊廟。
- 客殿:絵図から判断するにおそらく本堂の機能を持っていたと思われる。本尊はここにあったのでは。
- 浄堂
- 布団石
- 方丈
- 大厨
- 鐘楼
- 山門
- 衆寮
- 禅堂
- 浴室
- 鎮守:弁財天
子院
- 源舜庵:1628年(寛永5年)珊隆寺を移転。
- 宗慶寺
- 長昌院
- 月松院
- 桃仙院
- 高岳院
- 実相院
- 随岳院
- 法光院
- 霊光院
- 中本庵
- 妙仙院
- 源昇院
組織
歴代
- 1心巌良信:勧請開山。福昌寺5世
- 2得翁俊可:天徳正統禅師。
- 3南笑林芳:
- 心満
- 〓山大珠
- 30橘州
『三国名勝図会』[1]