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蒙疆神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''蒙疆神社'''は、蒙古聯合自治政府の首都張家口にあった神社。祭神は[[天照大神]]・[[国魂大神]]・[[明治天皇]]・[[北白川宮]] | + | '''蒙疆神社'''は、蒙古聯合自治政府の首都張家口にあった神社。祭神は[[天照大神]]・[[国魂大神]]・[[明治天皇]]・[[北白川宮]]永久王。[[張家口忠霊塔]]が隣接。戦後、廃絶。[[植民地創建神社]]。[[皇族奉斎神社]]。永久王の神霊は[[靖国神社]]に合祀された。 |
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*1941年(昭和16年)3月11日:蒙疆神社の神職となるために北白川宮家属の梅田次郎が辞任。4月に赴任。時事年鑑[https://dl.ndl.go.jp/pid/1141997/1/186] | *1941年(昭和16年)3月11日:蒙疆神社の神職となるために北白川宮家属の梅田次郎が辞任。4月に赴任。時事年鑑[https://dl.ndl.go.jp/pid/1141997/1/186] | ||
*1941年(昭和16年)9月4日:北白川宮永久王一年祭。戦跡碑除幕式。(蒙疆年鑑昭和18年版) | *1941年(昭和16年)9月4日:北白川宮永久王一年祭。戦跡碑除幕式。(蒙疆年鑑昭和18年版) | ||
| - | *1941年(昭和16年) | + | *1941年(昭和16年)10月1日:御霊代を井上石原両奉戴使により張家口に安置。(蒙疆年鑑昭和18年版) |
*1941年(昭和16年)10月6日:鎮座祭(蒙疆年鑑昭和18年版)。7日とも[https://dl.ndl.go.jp/pid/1896439/1/2] | *1941年(昭和16年)10月6日:鎮座祭(蒙疆年鑑昭和18年版)。7日とも[https://dl.ndl.go.jp/pid/1896439/1/2] | ||
*1941年(昭和16年)12月2日:境内に頌徳碑除幕(蒙疆年鑑昭和18年版) | *1941年(昭和16年)12月2日:境内に頌徳碑除幕(蒙疆年鑑昭和18年版) | ||
| - | *1942年(昭和17年) | + | *1942年(昭和17年)9月5日:[[上野輪王寺]]の長沢徳玄、永久王を回向[https://dl.ndl.go.jp/pid/4428234/1/52] |
| + | *1942年(昭和17年)10月16日:[[張家口忠霊塔]]竣工。(蒙疆年鑑昭和18年版) | ||
*1942年(昭和17年)10月19日:張家口忠霊塔遷座祭(蒙疆年鑑昭和18年版) | *1942年(昭和17年)10月19日:張家口忠霊塔遷座祭(蒙疆年鑑昭和18年版) | ||
*1942年(昭和17年)10月20日:張家口忠霊塔臨時大祭(蒙疆年鑑昭和18年版) | *1942年(昭和17年)10月20日:張家口忠霊塔臨時大祭(蒙疆年鑑昭和18年版) | ||
| - | * | + | *1945年(昭和20年)8月20日:御霊代は梅田次郎が奉じて航空機で張家口を出発。24日北京を経て日本に奉遷。[[赤坂氷川神社]]([[大宮氷川神社]]とも)に奉安する。[https://dl.ndl.go.jp/pid/1708180/1/47][https://dl.ndl.go.jp/pid/1804583/1/18] |
| - | *1959年(昭和34年) | + | *1952年(昭和27年):御霊代を[[靖国神社元宮]]に奉遷。 |
| + | *1959年(昭和34年)10月4日:[[靖国神社]]に北白川宮永久王の神霊を合祀。 | ||
[[Category:中華人民共和国河北省]] | [[Category:中華人民共和国河北省]] | ||
2023年5月22日 (月) 時点における版
蒙疆神社は、蒙古聯合自治政府の首都張家口にあった神社。祭神は天照大神・国魂大神・明治天皇・北白川宮永久王。張家口忠霊塔が隣接。戦後、廃絶。植民地創建神社。皇族奉斎神社。永久王の神霊は靖国神社に合祀された。
歴史
- 1939年(昭和14年)11月19日:造営計画中の張家口神社を蒙疆神社と改称[1][2]
- 1940年(昭和15年)3月7日:在張家口総領事を委員長として蒙疆神社御造営奉賛会を結成。(北支・蒙疆年鑑昭和16年版[3]、蒙古[4]、蒙古[5])
- 1940年(昭和15年)4月:忠霊顕彰会設立(蒙疆年鑑昭和18年版)[6]
- 1940年(昭和15年)8月:起工(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1940年(昭和15年)9月5日:北白川宮永久王、飛行機事故で戦死。
- 1941年(昭和16年)3月11日:蒙疆神社の神職となるために北白川宮家属の梅田次郎が辞任。4月に赴任。時事年鑑[7]
- 1941年(昭和16年)9月4日:北白川宮永久王一年祭。戦跡碑除幕式。(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1941年(昭和16年)10月1日:御霊代を井上石原両奉戴使により張家口に安置。(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1941年(昭和16年)10月6日:鎮座祭(蒙疆年鑑昭和18年版)。7日とも[8]
- 1941年(昭和16年)12月2日:境内に頌徳碑除幕(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1942年(昭和17年)9月5日:上野輪王寺の長沢徳玄、永久王を回向[9]
- 1942年(昭和17年)10月16日:張家口忠霊塔竣工。(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1942年(昭和17年)10月19日:張家口忠霊塔遷座祭(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1942年(昭和17年)10月20日:張家口忠霊塔臨時大祭(蒙疆年鑑昭和18年版)
- 1945年(昭和20年)8月20日:御霊代は梅田次郎が奉じて航空機で張家口を出発。24日北京を経て日本に奉遷。赤坂氷川神社(大宮氷川神社とも)に奉安する。[10][11]
- 1952年(昭和27年):御霊代を靖国神社元宮に奉遷。
- 1959年(昭和34年)10月4日:靖国神社に北白川宮永久王の神霊を合祀。