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摂津・百済寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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百済寺(くだらでら)は、摂津職難波京南部(大阪府大阪市天王寺区)にあった古代寺院。百済王氏の氏寺。聖徳太子建立四十六寺の一つ。摂津国東成郡。当時は百済郡に属した。細工谷遺跡の発掘調査で周辺が百済尼寺跡と判明したため、その近くの堂ケ芝廃寺(大阪府大阪市天王寺区堂ケ芝)が百済寺に比定されている。四天王寺関連旧跡。(参考:同名寺院百済寺_(同名))
創建は不詳。750年(天平勝宝2年)5月、百済王敬福、宮内卿に任命され、「俄かに」河内守を加えられたという。この頃、百済王氏は摂津国百済郡から摂津国交野郡に拠点を移し、同時に百済寺も河内・百済寺に移ったと考えられている。 近世初期の『天王寺誌』によると当時の四天王寺六時礼讃堂にあった千手観音が百済寺の旧本尊と伝える。(2005『難波京』大阪歴史博物館)