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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

四天王寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年4月1日 (日)

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四天王寺
してんのうじ
概要
奉斎
所在地 大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
所在地(旧国郡) 摂津国東成郡
所属(現在) 和宗
格式など 和宗総本山
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目次

概要

四天王寺(してんのうじ)は、大阪府大阪市天王寺区にある聖徳太子ゆかりの天台宗本山寺院和宗総本山。古代の官寺十五大寺・十大寺の一つ。中世には浄土教の聖地となり、一遍は1274年(文永11年)に遊行の最初の巡礼地として参拝している。聖徳太子建立四十六寺の一つ。四天王寺関連旧跡も参照。(参考:同名寺院天王寺

歴史

昭和24年11月、叡福寺と共に「聖徳三経宗」を設立したという(『法隆寺の秘話』)。和宗設立はその後か。

組織

歴代住職

四天王寺別当。多くは天台宗園城寺系の僧侶。

  • 1円行(799-852):初代別当。真言宗僧。入唐八家の一人。
  • 2仲曉:
  • 3安雲:
  • 4智叡:
  • 5安恵:
  • 6斉仁:
  • 7三明:
  • 8真道:
  • 9寛藤:
  • 10平藤:
  • 11恩運:
  • 12仁解:
  • 13修敬:
  • 14斉然:
  • 15〓穏:
  • 16〓伊:
  • 17神皎:
  • 18乗恵:
  • 19弘穏:
  • 20乗恵:
  • 21安法:
  • 22清胤:
  • 23忠暹:
  • 24延源:
  • 25処算:
  • 26〓海:
  • 27道命(974-1020):藤原道綱の子。良源に師事。中古三十六歌仙の一人。嵐山法輪寺に住す。
  • 28定基:浄妙寺別当。
  • 29教円(979-1047):藤原孝忠の子。花山法皇の出家に従う。妙法院門跡。天台座主。法成寺別当。
  • 30延円
  • 31頼秀
  • 32斎祇
  • 33源泉(977-1055):余慶に学ぶ。天台座主となるが、3日で辞任。
  • 34明快(985-1070):梨本流の祖。天台座主。法成寺別当。
  • 35相舜
  • 36済算:
  • 37覚助(1013-1063)<1062-1063>:園城寺僧。
  • 38良昭
  • 39永覚(生没年不詳)<1066->:敦道親王王子。冷泉天皇の孫。
  • 40覚猷(1053-1140)<1081->:源隆国の子。天台座主。証金剛院梵釈寺法勝寺などの別当を歴任。園城寺長吏。
  • 41増誉(1032-1116)<1094->:聖護院門跡熊野三山検校。園城寺長吏。天台座主。
  • 42増賢
  • 43行尊(1057-1135)<1118->:源基平の子。円満院門跡。園城寺長吏。天台座主にもなるが比叡山の強硬な反発で辞任。
  • 44行慶(1101-1165):白河天皇皇子。行尊に師事。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 45道恵法親王(1132-1168):鳥羽天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 46覚性法親王(1129-1169):真言宗僧。鳥羽天皇皇子。仁和寺門跡。総法務。
  • 47道恵法親王:再任。
  • 48円恵法親王(1152-1183):後白河天皇皇子。源義仲に襲撃され、殺された。通称は八条宮。
  • 49明雲(1115-1185)<1180->:源顕通の子。三千院門跡。天台座主。六勝寺別当。四天王寺別当就任を巡り、山門寺門の対立が激化。
  • 50定恵法親王(1156-1196)<1184->:後白河天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 51実慶(1117-1207):熊野三山検校。新熊野検校。園城寺長吏。別当就任をめぐり寺門内部で抗争。
  • 52慈円(1155-1225):藤原忠通の子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 53真性(1167-1230):以仁王王子。青蓮院門跡か(除歴?)。天台座主。
  • 54慈円:再任。
  • 55尊性法親王(1194-1239):後高倉院(守貞親王)の皇子。妙法院門跡。天台座主。
  • 56良快(1185-1242):九条兼実の子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 57尊性法親王:再任。
  • 58慈源:九条道家の子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 59仁助法親王(1214-1262)<1249->:土御門天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 60円助法親王(1236-1282):後嵯峨天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。四ケ院の復興を計画。
  • 61叡尊(1201-1290)<1284->:真言宗僧。真言律宗西大寺流の開祖。西大寺長老。東大寺大勧進。
  • 62尊助法親王(1217-1290):土御門天皇皇子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 63慈実(1238-1300):九条道家の子。慈源の弟。青蓮院門跡。法性寺座主。天台座主。
  • 64最助法親王(1253-1293):後嵯峨天皇皇子。三千院門跡。天台座主。
  • 65忍性(1217-1303)<1294->:真言宗僧。真言律宗西大寺流。叡尊の弟子。極楽寺長老。東大寺大勧進。多田院別当。
  • 66覚助法親王(1247-1336):後嵯峨天皇皇子。聖護院門跡。園城寺長吏。
  • 67慈道法親王(1282-1341):亀山天皇皇子。青蓮院門跡。法性寺座主。天台座主
  • 68道昭(1281-1355):一条家経の子。熊野三山検校。園城寺長吏。
  • 69尊円法親王(1298-1356):伏見天皇皇子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 70尊悟法親王(1302-1359):伏見天皇皇子。円満院門跡。熊野三山検校。園城寺長吏。
  • 71承胤法親王(1317-1377):後伏見天皇皇子。三千院門跡。天台座主。
  • 72覚誉法親王(1320-1382):花園天皇皇子。聖護院門跡。園城寺長吏。
  • 73尊応:二条持基の子。青蓮院門跡。
  • 74慈運法親王(1466-1537):貞常親王王子。曼殊院門跡。法性寺座主。
  • 75尊鎮法親王(1504-1550):後柏原天皇皇子。青蓮院門跡。
  • 76義俊(1504-1567):真言宗僧。近衛尚通の子。大覚寺門跡
  • 77尊朝法親王(1552-1597):邦輔親王王子。青蓮院門跡。天台座主。
  • 78空性法親王(1573-1650)<1598->:真言宗僧。陽光太上天皇(誠仁親王)皇子。大覚寺門跡。
  • 79天海(1536-1643):以降、日光門跡が兼務。

(『望月仏教大辞典』に記載)

不詳

以下、『望月仏教大辞典』「天台宗天王寺別当歴代」に記載がない人物

  • 真慶(生没年不詳):真言宗僧。異端とされる天王寺流の祖。元は勧修寺にいたというが、邪見のため追放されたという。
  • 文観(1278-1357):真言宗僧。醍醐寺座主。立川流の大成者。東寺長者法務。
  • 恒助法親王(1288-1310):後深草天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 尊胤法親王(1306-1359)1334-:後伏見天皇皇子。三千院門跡。天台座主。
  • 寛尊法親王(?-1382)1377-:真言宗僧。亀山天皇皇子。大覚寺門跡。
  • 良瑜(1330-1397):二条兼基の子。実相院門跡。園城寺長吏。熊野三山検校。
  • 堯仁法親王(1363-1430):後光厳天皇皇子。妙法院門跡。天台座主。
  • 行悟(1377-1406):長慶天皇皇子。円満院門跡。園城寺長吏。
  • 満済(1378-1435):真言宗僧。三宝院門跡。醍醐寺座主。東寺一長者。
  • 寛欽法親王(1514-1563):貞敦親王王子。勧修寺門跡。

歴代住職(近現代)

  • 吉田源応(1849-1927)<1889-1927>:天台座主242世・245世。愛知県春日井市出身。1849年(嘉永2年)6月10日生。1860年(万延1年)地元の龍泉寺に入る。密蔵院住職。1889年(明治22年)2月、四天王寺住職。1903年(明治36年)天台座主。翌年退任するが、1918年(大正7年)再び天台座主となる。1927年(昭和2年)7月25日死去。79歳。慈是心院。
  • 塚原大応(1863-1931)<1927-1931>:愛知県小牧町出身。1863年(文久3年)2月16日生。大阪大威徳寺住職。三千院門跡から四天王寺貫主に移る。1931年(昭和6年)10月3日死去。69歳。
  • 木下寂善(1876-1942)<>:福井県出身。1876年(明治9年)12月生。村田寂順に師事。天台宗大学卒。宗機顧問。1914年(大正3年)天台宗庶務部長。宗会議員。宗会議長。1932年(昭和7年)京都・方広寺住職兼二尊院住職。1932年(昭和7年)天台宗総務。昭和17年7月23日死去。67歳。
  • 武藤舜応(1871-1943)<>:1971年(昭和46年)生。春日井高蔵寺の出身。10代で高蔵寺住職。比叡山専修院卒。1917年(大正6年)四天王寺に入る。天台宗宗務総長。四天王寺住職。
  • 田村徳海(1873-1951)<1943->:青蓮院門跡。1943年(昭和18年)4月、四天王寺住職に就任。戦後、大阪靖国霊場維持会を設立。和宗初代管長。1951年(昭和26年)死去。79歳。
  • 奥田慈応(1898-1988)<>:1898年(明治31年)生。1988年(昭和63年)6月5日死去。79歳。
  • 塚原徳応(1907-1990)<>:鳥取県倉吉市出身。塚原大応に師事。吉祥院住職。
  • 101出口常順(1900-1994)<1951->:愛知県知多郡武豊町出身。1900年(明治33年)11月7日生。1911年(明治44年)四天王寺東光院に入寺。1926年(昭和1年)京都帝国大学文学部哲学科卒。1927年(昭和2年)四天王寺執事。1930年(昭和5年)比叡山専修学院卒。1951年(昭和26年)2月、四天王寺住職・和宗管長に就任。1994年(平成6年)3月3日死去。慈光心院。
  • 102
  • 103
  • 104槇場弘映(-1996)<>:1996年(平成8年)7月29日死去。73歳。
  • 105瀧藤尊教(1922-2010)<1990-1994>:四天王寺真光院の出身。1922年(大正11年)生。東京大学印度哲学科卒。1948年(昭和23年)延暦寺大仙院住職。1990年(平成2年)四天王寺貫主に就任。平成22年(2010)12月8日死去。88歳。
  • 106加藤準道(-2002)<1994?-1997?>:
  • 107森田禅朗(1923-2015)<1997?-2000>:自坊は中之院。鳥取出身。1923年(大正12年)生。四天王寺国際仏教大学学長。2015年1月14日死去。91歳。
  • 108吉田英哲()<2000-2003>:関西大学出身。2000年4月1日住職就任。任期は3年。
  • 109塚原亮応(-2017)<2003-2006?>:自坊は吉祥院。2017年3月6日死去。84歳。
  • 110出口順得(-2016)<2006?-2009>:自坊は東光院。京都工芸繊維大学卒。2016年3月8日死去。78歳。
  • 111奥田聖応(1938-)<2009-2015>:自坊は勝鬘院。大阪外国語大学文学部卒。ジャイナ教の研究者。
  • 112森田俊朗(1942-現職)<2015-現職>:昭和17年(1942)7月13日生。和歌山大学経済学部卒。

任期3年

参考文献


脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E7%8E%8B%E5%AF%BA」より作成

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