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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

智積院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月12日 (月)

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智積院(ちしゃくいん)は、京都府京都市東山区にある真言宗本山寺院真言宗智山派総本山。元は根来寺の一院だった。根来寺関連旧跡祥雲寺の跡地に建てられた。


組織

住職

能化・化主と呼ばれる。

世数 生没年 在職年 略歴
1 玄宥 1529-1605 1577- 下野出身。膝付氏。智積院日秀に師事。1577年(天正5年)、能化。1585年(天正13年)豊臣秀吉の根来攻めで敗走。1600年(慶長5年)京都に智積院を再興。1605年(慶長10年)10月4日死去。77歳。墓所は泉涌寺。(日本人名大辞典など)
2 祐宜 1536-1612 1606- 下野出身。深沢氏。根来寺で日秀、頼玄に学ぶ。下野・金剛定寺住職。1606年(慶長11年)5月、能化。1612年(慶長17年)11月11日死去。77歳。(日本人名大辞典など)
3 日誉 1556-1640 1612?-1631 武蔵出身。小野寺氏。根来寺の日秀、頼玄に師事。焼き討ち後は長谷寺専誉、智積院玄宥に学ぶ。近江・総持寺を経て智積院能化。就任は1612年(慶長17年)か。「智積院法度」を受ける。1615年(元和1年)徳川幕府から旧祥雲寺を譲渡される。1631年(寛永8年)大報恩寺に引退。1640年(寛永17年)11月20日死去。85歳。(日本人名大辞典、新義真言宗史など)
4 元寿 1575-1648 1631- 下野出身。野口氏。長谷寺専誉、智積院玄宥に学ぶ。1619年(元和5年)、徳川秀忠から江戸に大報恩寺を与えられた(?)。1631年(寛永8年)智積院能化。1638年(寛永15年)僧正。1648年(慶安1年)閏1月13日死去。74歳。(日本人名大辞典など)
5 隆長 1586-1656 1648- 越後出身。柳氏。武蔵明星院の祐長、京都智積院の日誉に学ぶ。1639年(寛永16年)元寿から灌頂。1648年(慶安1年)智積院能化。1651年(慶安4年)僧正。1656年(明暦2年)10月9日死去。71歳。(日本人名大辞典など)
6 宥貞 1592-1664 1656- 上野出身。当初は天台宗を学んだが真言宗に転じ、智積院の日誉、元寿に学ぶ。1642年(寛永19年)幕命で宝仙寺住職となる。1649年(慶安2年)江戸円福寺住職。1656年(明暦2年)智積院能化。1664年(寛文4年)5月6日死去。73歳。(日本人名大辞典など)
7 運敞 1614-1693 1661- 大阪出身。藤原氏。日誉、元寿に師事。尾張・長久寺、江戸円福寺を経て1661年(寛文1年)智積院能化。著書多数。1693年(元禄6年)9月10日死去。80歳。(日本人名大辞典など)
8 信盛 1620-1693 1682- 智積院運敞に学ぶ。安楽寿院、江戸円福寺を経て1682年(天和2年)智積院能化。同年焼失した諸堂を再建。1693年(元禄6年)1月8日死去。(新義真言宗史など)
9 宥鑁 1624-1702 1693- 甲斐出身。隆屋氏。智積院の宥貞、運敞に学ぶ。醍醐寺の有雅に小野流を学ぶ。1683年(天和3年)江戸真福寺住職。1693年(元禄6年)智積院能化。伝法大会を再興。1702年(元禄15年)7月19日死去。79歳。(日本人名大辞典など)
10 専戒 1640-1710 1697-1705 安楽寿院専教の弟子。円福寺住職。1697年(元禄10年)智積院能化。1705年(宝永2年)、大報恩寺に引退。1710年(宝永7年)6月24日死去。71歳。(新義真言宗史など)
11 覚眼 1643-1725 1705- 薩摩出身。運敞の弟子。薩摩・大乗院で出家。江戸円福寺に入る。1705年(宝永2年)智積院能化。智積院能化として初の大僧正。護持院住職・新義真言宗僧録司。1725年(享保10年)11月8日死去。83歳。(日本人名大辞典など)
12 義山 1646-1722 1709- 美濃出身。赤穂遠林寺住職。六波羅蜜寺住職。大石良雄と交流。名古屋長久寺、江戸円福寺を経て1709年(宝永6年)智積院能化。1722年(享保7年)7月4日死去。(新義真言宗史など)
13 快存 1647-1724 1716- 薩摩出身。瑞応院快誉に師事。大和宝光院下総・西光寺薩摩・一乗院薩摩・大乗院、六波羅蜜寺、江戸真福寺を経て1716年(享保1年)智積院能化。3年で退任。北野普門院に隠居。薩摩幸善寺を創建。1724年(享保9年)8月29日死去。78歳。(新義真言宗史など)
14 智興 1661-1728 智積院で学ぶ。瀧谷寺、江戸円福寺を経て智積院能化。長谷寺秀慶と議して仁和寺大覚寺に請願して色衣許可。1728年(享保13年)6月18日死去。(新義真言宗史など)
15 亮範 1670-1739 1728- 越前出身。竹内氏。智積院の信盛に師事。1694年(元禄7年)江戸智宝寺を創建。蟹満寺、江戸真福寺を経て1728年(享保13年)智積院能化。1739年(元文4年)9月27日死去。70歳。(日本人名大辞典など)
16 鑁浄 ?-1744 1739- 薩摩出身か。経歴不詳という。1739年(元文4年)智積院能化。1744年(延享1年)4月24日死去。(新義真言宗史など)
17 龍天 1677-1767 1744- 明芽氏。智積院に学ぶ。隆誉に灌頂を受ける。醍醐寺の真円に学ぶ。常陸円福寺を経て1744年(延享1年)智積院能化。1746年(延享3年)僧正。1767年(明和4年)2月6日死去。91歳。(日本人名大辞典など)
18 快侃 1682-1756 1753- 山城出身。明王院快継に師事。智積院に学ぶ。六波羅蜜寺、上品蓮台寺を経て1753年(宝暦3年)智積院能化。1756年(宝暦6年)2月13日死去。75歳。(新義真言宗史など)
19 覚遠 1691-1771 1756- 山城出身。近江石津寺覚翁に学ぶ。名古屋長久寺、江戸円福寺を経て、1756年(宝暦6年)智積院能化。1759年(宝暦9年)六波羅蜜寺に隠退。1771年(明和8年)4月14日死去。81歳。(新義真言宗史など)
20 浄空 1693-1775 1759- 下野出身。鈴木氏。明星院海浄に師事。江戸円福寺を経て1759年(宝暦9年)智積院能化。1775年(安永4年) 10月28日死去。83歳。(日本人名大辞典など)
21 等空 ?-1777 1766- 紀伊出身。鑁盛に師事。智積院で修行。江戸真福寺を経て1766年(明和3年)智積院能化。因幡堂に隠退。1777年(安永6年)6月1日死去。あるいは紀伊・円満寺に隠居。同寺に供養塔。(新義真言宗史など)
22 動潮 1709-1795 1773- 武蔵出身。岡野氏。京都智積院に学ぶ。醍醐寺実雅、仁和寺宥証に密教を学び、智山第一の事相家と呼ばれた。江戸真福寺を経て1773年(安永2年)智積院能化。1795年(寛政7年)12月7日死去。87歳。(日本人名大辞典など)
23 鑁啓 1718-1794 1780- 仁宥のもとで出家。智積院で学ぶ。江戸真福寺を経て1780年(安永9年)智積院能化。1787年(天明7年)退任。1794年(寛政6年)12月3日死去。77歳。(新義真言宗史など)
24 胎通 1720-1798 1787- 陸奥出身。智積院で学ぶ。江戸円福寺住職。1787年(天明7年)智積院能化。「忠善騒動」の責任を取って辞任。1798年(寛政10年)2月24日死去。79歳。(日本人名大辞典など)
25 慈順 1735-1816 1799- 武蔵出身。長久寺光浄の下で出家。智積院で動潮に学ぶ。上品蓮台寺を経て1799年(寛政11年)11月、智積院能化。隠退。1815年(文化12年)9月19日死去。82歳。(新義真言宗史など)
26 浄光 1729-1803 1803- 安房出身。智積院で学ぶ。江戸円福寺を経て1803年(享和3年)4月、智積院能化。1803年(享和3年)9月15日死去。75歳。僧正を追贈。(新義真言宗史など)
27 英範 1730-1804 1803- 近江出身。近江石動寺(?)で出家。智積院に学ぶ。真福寺住職となり、本堂を再建。1803年(享和3年)智積院能化。1804年(文化1年)8月15日本山で死去。75歳。(新義真言宗史など)
28 謙順 1740-1812 1804- 武蔵出身。円福寺覚遠(智積院)に師事。忠善騒動のために『略策海滴』を著す。六波羅蜜寺、円福寺を経て1804年(文化1年)智積院能化。高山寺に隠退。1812年(文化9年)9月16日死去。73歳。編書『諸宗章疏録』。(新義真言宗史など)
29 観豪 1747-1813 1810- 紀伊で性海寺仁越に師事。智積院で学ぶ。六波羅蜜寺、真福寺を経て1810年(文化7年)智積院能化。本山に400両を寄進しさらに千金を集めて永世不断光明三昧の資とする。1813年(文化10年)6月24日本山で死去。67歳。(新義真言宗史など)
30 弘基 1752-1822 1815- 越後出身。越後・円融寺祐覚に師事。智積院で弘道に師事。本山衆議となる。大和、備前、讃岐、伊予などを巡教。観豪の死後、幕府は異例にもその才能を評価して1815年(文化12年)智積院能化に任命する。1822年(文政5年)11月6日死去。71歳。(新義真言宗史など)
31 亮海 1750-1828 1823- 下総出身。出流山満願寺の道海に師事。本山第三臈となり真福寺に晋山。1823年(文政6年)智積院能化。1828年(文政11年)3月14日死去。76歳。(新義真言宗史など)
32 海応 1769-1833 1829- 佐渡出身。菊池家出身。英範に師事。六波羅蜜寺、江戸真福寺を経て1829年(文政12年)智積院能化となる。倶舎学に秀でた。1833年(天保4年)11月29日死去。63歳。(日本人名大辞典など)
33 隆瑜 1773-1850 1834- 安房出身。智積院で学ぶ。安房・宝珠院、江戸円福寺を経て1834年(天保5年)智積院能化。京都大報恩寺に著述に励み、智積院に書庫を建てた。1850年(嘉永3年)4月3日死去。78歳。(日本人名大辞典など)
34 禅宅 1785-1851 1837- 武蔵出身。謙順の弟子。頑強な性格だったという。移転地の制度を改正する。越前瀧谷寺、円福寺を経て1837年(天保8年)智積院能化。しかし、能化投票に不正があったと疑われ、まもなく退任。江戸・加納院に隠退。1851年(嘉永4年)2月16日死去。67歳。僧正を追贈。(新義真言宗史など)
35 先晋 1772-1847 1841- 武蔵出身。武蔵・常勝寺で出家。智積院で学ぶ。1841年(天保12年)智積院能化。1847年(弘化4年)12月17日死去。76歳。(新義真言宗史など)
36 範恵 1788-1850 1846- 山城出身。海住山寺範冷に師事。越前・性海寺、江戸真福寺を経て1846年(弘化3年)智積院能化。1850年(嘉永3年)4月1日死去。63歳。(新義真言宗史など)
37 信海 1783-1856 1850- 三河出身。浮土菩提寺で出家。智積院で学ぶ。智積院海応に師事して信海と改名する。根来寺律乗院に住す。1850年(嘉永3年)智積院能化。海応と並び倶舎学に秀でた。1856年(安政3年)2月22日死去。74歳。(新義真言宗史など)
38 頼如 1801-1862 1856- 安房出身。野村氏。智積院で学ぶ。安房・宝珠院住職。1853年(嘉永6年)江戸円福寺住職。1856年(安政3年)智積院能化。1862年(文久2年)8月24日死去。62歳。(日本人名大辞典など)
39 隆栄 1809-1867 1862- 安房出身。石井氏。智積院で学ぶ。京都清和院、江戸真福寺を経て1862年(文久2年)智積院能化。倶舎学に秀でた。1867年(慶応3年)7月17日死去。59歳。(日本人名大辞典など)
40 丹藤弘現 1818-1878 1869- 佐渡出身。智積院で学ぶ。1857年(安政4年)佐渡・蓮華峰寺住職。1869年(明治2年)智積院能化。1872年(明治5年)教導職権少教正。1878年(明治11年)12月1日死去。61歳。(日本人名大辞典など)
41 佐々木義範 1830-1878 1874- 佐渡出身。養禅寺泰眼に師事。智積院で弘現に師事。佐渡蓮華峰寺に住す。明治維新に際して東奔西走する。1874年(明治7年)智積院能化。1878年(明治11年)教導職権大教正。同年、大教院で義林章の講義を行っている途中、9月10日死去。49歳。(新義真言宗史など)
42 松平実因 1820-1889 1879- 名古屋出身。小畠氏。福生院実ミンの下で出家。智積院で隆栄に学ぶ。尾張・長久寺を経て1879年(明治12年)智積院能化。真言宗長者。根来寺座主。1889年(明治22年)11月20日死去。70歳。(新義真言宗史など)
43 金剛宥性 1821-1895 1890- 安房出身。小川氏。安房清水成就院の慶真の下で出家。智積院で頼如に学ぶ。あるいは根来寺で信海らに学ぶとも。安房清澄寺に住す。教導職権少教正となるが1873年(明治6年)辞職。同年または1875年(明治8年)に三宝院門跡醍醐寺座主となり、教導職権中教正となるが1881年(明治14年)再び辞職。まもなく大講義。1890年(明治23年)智積院能化。大僧正。浅草吉祥院に隠退。根来寺座主?。1895年(明治28年)1月13日死去。75歳。(日本人名大辞典、新義真言宗史など)
44 佐伯隆基 1831-1897 1891- 磐城出身。宥徳院で出家。平間寺の佐伯隆珊に師事してその姓を継ぐ。智積院に学び、武蔵東福寺、平間寺を経て1891年(明治24年)智積院能化。隠退して平間寺生玉庵に住す。1897年(明治30年)10月3日死去。69歳。生玉隠士と号す。(新義真言宗史など)
45 船岡芳勝 1840-1896 1896- 越後出身。小千谷・慈眼寺で出家。智積院で学ぶ。当時、学徒が四散するが一人留まって研鑽する。慈眼寺、魚沼弘誓寺、小千谷・五智院を経て1896年(明治29年)智積院能化。同年、大学林で主管交代式を行った直後、11月29日真福寺で死去。57歳。(新義真言宗史など)
46 三神快運 1836-1905 1897- 越後出身。越後築地宝持院で出家。智積院で学ぶ。宝持院、新発田・宝積院に住す。宗務を担当し、巡錫する。1897年(明治30年)智積院能化。真言宗長者。大報恩寺に隠居。(新義真言宗史など)
47 瑜伽教如 1847-1928 1899- 越後出身。1899年(明治32年)智積院能化。1900年(明治33年)真言宗智山派管長。1928年(昭和3年)12月20日死去。82歳。(日本人名大辞典など)
48 伊藤宗盛 1844-1919 1910- 山形県出身。龍覚寺で出家。智積院で学ぶ。1871年(明治4年)12月、息障院に住す。1910年(明治43年)3月、智積院能化。1917年(大正6年)10月退職。1919年(大正8年)12月16日息障院で死去。70歳。墓所は息障院。(埼玉県史)
49 大江存良 1852-1928 1917- 京都出身。藤井家。遍照院で出家。1875年(明治8年)瀧谷寺46世。菩提院結衆、宗機顧問を経て1917年(大正6年)智山派管長、大僧正。ついで根来寺座主。1921年(大正10年)退任。(大日本人物名鑑)
50 武藤範秀 1866-1942 薬王院27世。海住山寺住職。
51 滝承天 1853-1941
52 青木栄豊 1857-1936 1927-
53 旭純栄 1864-1948
54 斎藤隆現 1868-1947
55 高井観海 1885-1953 1946- 和歌山県出身。智山勧学院卒。哲学館で井上円了に学ぶ。智山勧学院教授、智山専門学校長、大正大学教授を経て1946年(昭和21年)智積院能化・智山派管長。1953年(昭和28年) 1月9日死去。68歳。(日本人名大辞典など)
56 御嶽隆道 1885-1959
57 倉持秀峰 1891-1972 1955- 埼玉県出身。早稲田大学卒。1921年(大正10年)三学院に住す。1935年(昭和10年)智積院事務長。1955年(昭和30年)智積院能化・智山派管長。埼玉県仏教会会長。1972年(昭和47年) 3月2日死去。81歳。(日本人名大辞典など)
58 松平実亮 1883-1967 福生院住職。
59 秋山祐雅 1895-1989 武蔵・金剛寺32世。1989年9月23日死去。
60 那須政隆 1894-1987
61 竹村教智 1896-1990 満願寺貫主。
62 芙蓉良順 1900-1983 勝蔵院住職。
63 上野頼栄 1906-1993 陸奥・常福寺住職。
64 小峰順誉 1900-1990 田無・総持寺住職。
65 藤井龍心 1903-1998
66 高井隆秀 1916-1999 上品蓮台寺住職。
67 近藤隆敬 1912-2001 1997- 長福寺住職。
68 宮坂宥勝 1921-2011 1999-2007 長野県出身。東北大学卒業。1965年(昭和40年)高野山大学教授。1977年(昭和52年)名古屋大学教授。成田山勧学院教授。1967年(昭和42年)長野照光寺住職。1999年(平成11年)智積院能化・智山派管長。2011年(平成23年)1月11日死去。89歳。(日本人名大辞典など)
69 阿部龍文 1924-2017 2007-2011 世田谷満願寺住職。
70 寺田信秀 1919- 2011-2015 館山総持院。
71 小峰一允 1933- 2015- 武蔵・三宝寺住職。

(『日本仏教人名辞書』、智積院ウェブサイト) (富田学純『新義真言宗史』[1]

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