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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

長谷寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年11月21日 (水)

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長谷寺(はせでら)は、奈良県桜井市初瀬(大和国式上郡)にある、長谷観音信仰の中心となる真言宗本山寺院。日本を代表する観音信仰の寺院で、真言宗豊山派総本山。西国三十三所観音霊場第8番札所で、同霊場の発祥地といえる寺院。徳道が創建。定額寺修験道当山派正大先達の一つ。長谷寺関連旧跡も参照。鎮守は瀧蔵神社与喜天満神社など。豊山寺泊瀬寺初瀬寺長谷山寺ともいう。神楽院と号す。山号は豊山。(参考 同名寺院長谷寺 (同名)


目次

歴史

伝統的には天武天皇時代、道明が三重塔を創建し、塔の下には「銅板法華説相図」を埋めたという。養老神亀頃に徳道が聖武天皇の勅で観音堂を建てたとされる。近江国高島郡白蓮華谷の霊木を刻んだという。733年(天平5年)行基が導師となって開眼したという。 道明が建てたのが本長谷寺、徳道が建てたのが後長谷寺と呼ばれる。また道明が徳道らを率いて創建したともいう。

『続日本紀』によると768年(神護景雲2年)称徳天皇が参拝。847年(承和14年)、定額寺となる(続日本後紀)。 当初は東大寺末だったが、990年(正暦1年)には興福寺末となった。隆禅以降、大乗院門跡の筆頭末寺となる。貴族の参詣が流行する。 987年(永延1年)花山院が御幸。 991年(正暦2年)東三条院が御幸。 1227年(安貞1年)北条政子が参拝。

戦乱で衰微したが、豊臣秀長が、根来寺焼き討ちを逃れた専誉を招聘し、300石を寄進。 1588年(天正16年)、新義真言宗の拠点としての基礎を築いた。 江戸時代には寺領500石を保った。

1876年(明治9年)、本長谷寺の中心である三重塔が落雷で焼失。 1882年(明治15年)、仁王門と廻廊を焼失。1911年(明治44年)、大講堂焼失。 1954年(昭和29年)、五重塔建立。

伽藍

  • 本堂:1538年(天文7年)造立の十一面観音像を祀る。西側に1316年(正和5年)造立の難陀龍王、1537年(天文6年)造立の雨宝童子天照大神の化身)を祀る。1650年再建。
  • 開山堂:徳道を祀る。
  • 御影堂:空海を祀る。1982年建立。
  • 大黒堂:
  • 六角堂:
  • 道明墓所:登廊の東側にある九重石塔。元は十三重石塔か。平安時代の石塔。
  • 愛染堂:本尊は愛染明王
  • 藤原定家塚:藤原定家の塚。
  • 隔夜堂:廃絶。
  • 蔵王堂:蔵王権現3体を祀る。1650年再建。
  • 日限地蔵堂:
  • 納骨堂:2006年建立。
  • 本長谷寺:法華説相図の複製を祀る。1876年3月、落雷で焼失。11月再建。
  • 五重塔:1954年建立。
  • 三重塔:廃絶。天正年間、豊臣秀長が復興。1876年焼失。
  • 経蔵:
  • 奥之院:
    • 祖師堂・陀羅尼堂:菩提院。1992年陀羅尼堂建立。
    • 専誉墓:
    • 豊臣秀次供養塔:豊臣秀長の塚。
  • 鎮守
    • 瀧蔵神社:旧地主神。
    • 三社権現:瀧蔵神社の分社。
    • 与喜天満神社:新地主神。
    • 素盞雄神社:
    • 白山権現:
    • 三百余社:
    • 三部権現社:
    • 馬頭夫人社:馬頭夫人は唐国の僖宗皇帝の后。
    • 愛宕社:
  • 仁王門:1649年(慶安2年)造営。1882年焼失。1885年再建。

子院

  • 小池坊:本坊。1924年(大正13年)再建の大講堂がある。書院。護摩堂。
  • 長谷六院
    • 歓喜院:仁王門の西にある。
    • 梅心院:登廊の西側にある。
    • 慈眼院:登廊の西側にある。
    • 金蓮院:登廊の西側にある。
    • 月輪院:
    • 清浄院:廃絶。跡地に宗宝蔵(宝物館)がある。
  • 普門院:不動堂がある。仁王門前の参道の東側にある。
  • 本願院:徳道の住坊跡。
  • 能満院:本堂の東方にある。
  • 法起院:徳道の墓所。

組織

住職(古代)

長谷寺別当

  • 1道明(生没年不詳):川原寺住職。
  • 2徳道(656-?):
  • 3賢〓:
  • 4玄隣:
  • 5行賀(729-803):興福寺別当3世。
  • 6安凝:
  • 7永実:
  • 8最忠:
  • 9勝伐:
  • 10修円(771-835):興福寺別当4世。室生寺開山。
  • 11智照:
  • 12真日:
  • 13蓮舟:
  • 14仁〓:
  • 15延爾:
  • 16一和:
  • 17平伝:
  • 18明久:
  • 19貞授:
  • 20実算:
  • 21真命:
  • 22寿勢:
  • 23観照:
  • 24綱理:
  • 25明憲:
  • 26快公:
  • 27真範(986/987-1054):興福寺別当24世。一乗院門跡3世。元興寺別当。
  • 28明懐(988-1072):興福寺別当26世。
  • 29頼信(1010-1076):興福寺別当27世。一乗院門跡4世。
  • 30俊範:
  • 31公範(?-1086):興福寺別当28世。
  • 32済尋:
  • 33隣禅(1038-1100):興福寺大乗院開山。大安寺別当。興福寺権別当。「隆禅」?
  • 34頼実:大乗院門跡2世。
  • 35宗覚:
  • 36尋範(1101-1174):興福寺別当40世。大乗院門跡3世。
  • 37宗覚:再任。
  • 38定懐:
  • 39玄縁:興福寺別当43世。
  • 40尋忠:
  • 41信円(1153-1224):興福寺別当44世。大乗院門跡4世。一乗院門跡10世。
  • 42実尊(1180-1236):興福寺別当55世。大乗院門跡5世。
  • 43円実(1214-1272):興福寺別当59世・69世。大乗院門跡6世。
  • 44尊信(1226-1283):九条教実の子。興福寺別当70世・75世。大乗院門跡8世。
  • 45慈信(?-1325):興福寺別当77世・80世・83世・85世・90世・113世。大乗院門跡9世。
  • 46尋覚(1282-1318):興福寺別当94世・99世・103世。大乗院門跡10世。
  • 47覚尊:興福寺別当112世・118世。大乗院門跡11世。
  • 48慈信(?-1325):再任。
  • 49聖信:大乗院門跡12世。
  • 50覚尊:再任。
  • 51聖信:再任。
  • 52覚尊:再任。
  • 53孝覚(1319-1368):九条房実の子。大乗院門跡13世。薬師寺別当、橘寺別当。興福寺別当124世・127世・129世。
  • 54教尊:
  • 55教信:
  • 56孝尋(?-1428):興福寺別当146世・148世。大乗院門跡15世。
  • 57教円(1378-1410)<1393->:興福寺別当153世。大乗院門跡17世。薬師寺別当。橘寺別当。「孝円」とも。
  • 58経覚(1395-1473):興福寺別当165世・168世・182世・186世。大乗院門跡18世。
  • 59尋尊(1430-1508):一条兼良の子。興福寺別当180世。大乗院門跡20世。薬師寺別当。『大乗院寺社雑事記』『大乗院日記目録』を著す。
  • 60政覚(1453-1494)<1477->:興福寺別当190世。大乗院門跡21世。
  • 61尋尊(1430-1508):再任
  • 典拠:『日本仏家人名辞書』。「36代」が続けて二人書かれているが、誤植とみなした。

住職(近世以降)

能化(のうけ)、化主(けしゅ)と称し、明治以後は真言宗豊山派管長も兼任。

歴代 生没年 在職年 備考
1 専誉 1530-1604 1584-1604 豊山派開祖。玄誉の弟子。1584年(天正12年)、能化就任。根来焼討の後、和泉国分寺に逃れる。1587年(天正15年)豊臣秀長に請われて長谷寺に入る。
2 性盛 1537-1609 1604-1609 玄誉に師事。根来焼討後、因幡堂に滞在。清閑寺上品蓮台寺を復興して長谷寺に晋山。
3 宥義 1546-1618 徳川家康と懇意だったという。
4 秀算 1572-1641 専誉の弟子。家康に拝謁。
5 尊慶 1582-1654 1641-1653
6 良誉 1608-1657 1653-1657 智積院元寿に学ぶ。円福寺六波羅蜜寺を歴任。
7 信海 1613-1678 1657- 智積院元寿に学ぶ。宝生院住職を経て晋山。多病のため、大和・慈恩寺に隠居。
8 快寿 1614-1666 1660-1666 尾張・長久寺など歴任して晋山。
9 頼意 1613-1675 1666-1675
10 俊盛 1612-1680 1675-1680 知足院住職から晋山。
11 亮汰 1622-1680 1680-1680 近江・総持寺などを歴任。晋山後、まもなく死去。
12 尊如 1622-1684 1681-1684 知足院住職から晋山。
13 卓玄 1632-1704 1684-1695 近江総持寺などを歴任して晋山。伝法大会を興す。長谷寺近くの興元寺に隠退。
14 英岳 1639-1712 1695-? 尾張長久寺、江戸・弥勒寺を経て晋山。退任して護持院に入り、与喜寺に隠居。
15 亮貞 1648-1719 1703-1707 大覚寺宮の信任があった。長久寺から晋山。退任して護国寺住職。乙訓寺に隠棲。
16 尊祐 1645-1717 1707-1708 下野・宝蓮寺大護院などを経て晋山。退任して護国寺住職。
17 隆慶 1649-1719 1708-1715 元は法相宗僧。長久寺、江戸弥勒寺、大護院などを歴任。退任して護国寺住職、護持院住職を務める。
18 秀慶 1653-1720 1716-1720 近江総持寺、江戸弥勒寺などを経て晋山。
19 信有 1662-1723 1720-1723 大護院などを経て晋山。
20 尚彦 1666-1736 1724-1730 護国寺より晋山。与喜寺に隠居。
21 慧海 1662-1745 1730- 千葉妙見寺根生院、護国寺を経て晋山。黒崎に隠居。
22 恵任 1665-1742 『新義真言宗大観』では伝記欠
23 圭賢 1669-1749 護国寺より晋山。与喜寺に隠居。
24 信恕 1682-1760 1746-1760 江戸弥勒寺、護持院などを経て晋山。
25 性海 1685-1764 1760-1764 武蔵・総持寺から晋山。
26 円秀 1686-1766 1764-1766 千葉妙見寺、根生院を経て晋山。
27 快尊 1703-1773 1766-1772 玉蔵院、江戸弥勒寺を経て晋山。
28 有慶 1709-1775 1773-1775 近江・北野寺、根生院、護持院などを経て晋山。
29 快運 ?-1787 1775-1781 根生院から晋山。諸堂再建。与喜寺に隠居。
30 虚明 1709-1788 1781-1785 江戸弥勒寺などを経て晋山。黒崎に隠居。
31 懐玄 ?-1790 1785-1790 弥勒寺、護持院を経て晋山。
32 法住 1723-1800 1791-1796? 一乗院門跡から岡寺を賜る。ついで根来寺に入り、復興に尽くした後、長谷寺に晋山。与喜寺に隠居。
33 儀貞 1732-1802 1796-1802 室生寺、根生院、護持院を歴任。
34 元栄 ?-1802 1802-1802 近江総持寺、江戸弥勒寺、護持院を歴任。着任前に死去。
35 暁慧 1731-1803 1802-1803 室生寺、根生院を歴任。
36 盛尊 ?-1804 1803-1804 千葉妙見寺、弥勒寺、護持院を歴任。
37 高隆 1737-1808 1804-1808 武蔵総持寺、弥勒寺、護持院などを歴任。与喜寺に隠居。
38 即同 ?-1812 1808-1811? 弥勒寺などを歴任。
39 唯阿 1751-1823 1812-1818 根生院から晋山。隠居。
40 亮恭 1745-1829 1819-1825 弥勒寺から晋山。与喜寺に隠居。
41 令法 ?-1827 1826-1827 岡寺、護持院を歴任。
42 栄山 1767-1828 1827-1828 石手寺、根生院を歴任。
43 実掌 ?-1835 1828-1835? 近江北野寺から晋山。
44 栄明 ?-1842 1834?-? 乙訓寺、弥勒寺を経て晋山。隠居。
45 鏡真 ?-1848 1841-1846 弥勒寺から晋山。与喜寺に隠居。
46 信慧 1776-1846 1846-1846 根生院、護持院を歴任。着任前に死去。
47 深賢 1776-1851 1846-1851 根生院から晋山。
48 永雅 1779-1856 1851-1856 弥勒寺から晋山
49 通済 1788-1872 1856-1858 根生院、護持院を歴任。与喜寺に隠居。
50 宥歓 ?-1866 1862-1866? 弥勒寺、護国寺(日本仏家人名辞書では護持院とする)を経て晋山。
51 快識 ?-1867 1866-1867 武蔵総持寺、根生院を経て晋山。
52 隆盛 1801-1872 1968-1872 弥勒寺、護持院を経て晋山。教導職大教正。
53 守野秀善 1812-1886 1873-1886 1879年(明治12年)、真言宗長者。1886年(明治19年)根来寺座主中興1世。
54 楞厳院秀盛 1816-1890 1887-1890 近江総持寺から晋山。
55 高志大了 1834-1898 1891-1894 新薬師寺、石手寺を歴任。少教正となり大教院で宗務を執る。護国寺を経て晋山。1894年(明治27年)、真言宗長者。護国寺に隠退。東寺長者。
56 上野相憲 1832-1898 1894-1898 鶏足寺、弥勒寺を歴任。真言宗大会議議長を務める。
57 慶雲海量 1833-1900 1898-1900 室生寺などを経て晋山。豊山派管長初代。
58 権田雷斧 1846-1934 1901-1904 一時、曹洞宗に転籍。豊山大学学長。
59 平常識 1833-1905 1905-1905 武蔵総持寺を経て晋山。
60 正城全鏡 1835-1915 1905-1911 三保谷広徳寺住職
61 高城義海 1836-1911 1911-1911 護国寺を経て晋山。
62 岩堀智道 1861- 1911-1915 弥勒寺から晋山。
63 早川快亮 1849-1923 1916-1921
64 広瀬賢信 1921-1925
65 加藤精神 1872-1956 1925- 豊山大、大正大、東洋大の学長を歴任。
66 小林正盛 1876-1937 1930- 肥前・誕生院を再興。鶏足寺住職
67 浜野堅海
68 平岡全教
69 荒木良仙 1879-1947 室生寺貫首
70 清水教誉
71 網代智海 1891-1969 1949- 1962年(昭和37年)、室生寺を豊山派から離脱させ、1964年(昭和39年)、真言宗室生寺派を創設。
72 鴇昌清 1894- 玄国寺
73 長岡慶信 1888-1974 1965- 童話作家。与楽寺住職。
74 平林宥高 小岩万福寺
75 鳥居敬誉 1898- 1972- 真性寺住職。宗務総長
76 川田聖見 楽法寺
77 築山定誉 1980-
78 小松原賢誉 西福寺
79 勝又俊教 1909-1994 広徳院
80 中川祐俊 ?-2005 万蔵院
81 吉田俊誉 密蔵院
82 浜野堅照 ?-2004 1996-2000 武蔵総持寺貫首
83 川田聖定 1926- 2000- 楽法寺
84 鳥居慎誉 真性寺
85 小野塚幾澄 1931- 2008-2012 金乗院
86 加藤精一 1936- 2012-2016 南蔵院
87 田代弘興 1939- 2016- 光明院
  • 典拠:伊豆宥法『新義真言宗大観』、平沢照尊『新義真言宗概観』ほか
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%AF%BA」より作成

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