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広拯院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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広拯院(こうじょういん)は長野県下伊那郡阿智村智里園原(信濃国伊那郡)にある最澄ゆかりの天台宗寺院。最澄が建てた布施屋を継承するとされる。神坂峠は美濃国と信濃国の国境で、古代東山道最大の難所といわれ、美濃国側の広済院と共に最澄が建てたという。天台宗延暦寺派。通称は月見堂、信濃比叡。
歴史
817年(弘仁8年)、東国布教に赴いた最澄は神坂峠の急峻さに驚き、峠の両側に休憩所として布施屋を設けたという。
江戸時代にはその旧跡とされる薬師堂「月見堂」があった。
1937年(昭和12年)10月29日、比叡山開創1150年記念法要事務局により「広拯院遺跡碑」建立。 2005年(平成17年)新しい本堂を造営。延暦寺の「不滅の法灯」を分灯し、「根本中堂」と称す。旧薬師堂は不動明王を祀る護摩堂に転用した。 2006年(平成18年)4月16日落慶法要。 2016年(平成28年)11月14日、広拯院開山1200年記念に山門建立。 1996年(平成8年)最澄銅像建立。
善光寺如来を祀る如来堂(納骨堂)がある。